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第十四話 ついに! 原作ヒロインと御対面
道いっぱいに様々な種類の色とりどりの花が敷かれていた。花は茎を三センチほど残して勿論、人や馬車の通る場所は、きっちりと空けられており、透明の魔術シールドで花がはみ出さないように配慮されている。
町民も貴族も皆笑い合い、交じり合って歌い踊る。今日は一年に一度、春に行われる『生花祭』の日だ。春、数多花が咲き誇り晴天に恵まれかつ魔獣の襲来が最も少ない日を厳選してその日は選ばれる。
小説に因ればその『生花祭』の日付を選ぶ方法は、魔塔に籍を置く「魔術師」たちと「占い魔導士」が総出で己の術を駆使し、満場一致した日付で決めるのだという。
……ご都合主義設定満載、突っ込みどころ満載だよね。でも、原作ヒーローと原作ヒロインのラブストーリーがメインのファンタジーだから。しかも、忘れたらいけないのがR18。一応私と婚約しているのに最低! 奴らの不貞関係は周りの人にも気付かれて。何故か二人は純愛で、私は二人を引き裂く悪女、とか噂されるようになって行くのよ。おかしいでしょそれ、どう考えてもアリアは悪くない。冷遇されているけど、表向きは一族に大切にされている、と徹底されている訳なのに、どうして(一応)皇女なアリアにそんな事が出来る訳? 狂ってるでしょ! ジークフリートめ、最初からアリアと婚約なんかするなっつーの!!……
アリアは心の中で悪態をついていた。心の中で何を思おうが、原作矯正力が強制的に働いて。止めようとしても勝手に台詞が出て来るし。どうせ表情も仕草も、原作のままに流されて行くのだ。それなら心の中で何を思おうが別に良いではないか、と開き直る事にしたのだ。
「これだけ両側に花が敷き詰められていると、花の海のようですね。まるでモーゼになった気分だ」
ジークフリートが熱っぽく語り掛ける。彼の両腕が、アリアの背後から全身をすっぽりと包み込んでいる。いわば、後ろから抱き締められているという構図だ。
「『生花祭』へ行きませんか?」
というジークフリートの誘いで実現した今日の逢瀬は、『彼の愛馬である純白の天馬『ブランキシマ』に乗って生花祭を見に行く事』だった。今、その『ブランキシマ』にアリアはジークフリートと相乗りをしていた。横座りとなったアリアを支えるような形で……そう、彼に背後から抱き締められるようにして。
……これも、原作通り。なんだかなぁ。わざと衆目に見せつけるようにしちゃってさ。如何にも『第三皇女殿下を溺愛しています』アピール。絶対わざとだよね……
けれども、全て原作通りならこの時既にジークフリートとヘレナは隠れて逢っているし、軽いキスを交わす事まではしてしまっている筈なのだ。
……人を馬鹿にするにもほどがあるわ! クーデターを起こして自分が皇帝になる為の捨て駒として私を利用する気満々じゃにの……
胸の内がグラグラと怒りで煮え滾っているにも関わらず……
「ええ、なんだか不思議な気分です。お花の香も魅力的ですわ」
などと頬を染め、はにかみながら応じてしまっている自分に吐き気を催すほど嫌悪感が押し寄せる。それなのに、彼の腕に包み込まれ守られているような安心感に女としての喜びを覚えてしまう自分に腹が立って仕方がなかった。
『見て! ジークフリート様と第三皇女殿下よ。お二人とも仲睦まじいご様子ですわね』
『羨ましいですわ。いつみての素敵なジーク様……』
『でも、意外ですわね。ジーク様のお相手なら、もっと……』
『シーッ! それ以上言ったら大変ですわよっ』
町娘の内緒話はどこもかしこも似たようなものだ。要するに、どうして『太陽神アポロの再来』とまで呼ばれる原作ヒーローが無能で不気味jな容姿と陰口を叩かれるアリアとなんぞと付き合うのか? という疑問を大きな声で話題にしたくてうずうずしているのだ。だが、表立ってアリアを貶めるような発言をすると不敬罪で捕らえられ、罰金が投獄をされてしまう。カレンデュラ一族の影があちこちに潜んでいて、アリアに対する些細な悪口を見逃さないのだ。
……そこまで徹底させるなら、最初から冷遇、モラハラ、虐待なんかしなけりゃ良いのに。影_の無駄遣いだと思うの……
だが、全てはジークフリートとヘレナのラブストーリーを盛り上げる為の小道具なのだ。
……何よりもアリアの「チョロイン」設定、ホントに勘弁して欲しい……
そう思うのに、心のどこかで。彼に心の底から愛して貰えるのがアリアでない事にどうしようもない虚しさを覚えるのだ。
「どんな花の香でも、アリア殿下。あなたの馥郁たる香いか叶いませんよ。いつでも私を夢中にさせる……」
熱く囁き、後頭部の髪にそっと口づけをする。益々頬を赤らめ、アリアは彼の右腕に顔を埋めてしまう。
……原作ヒロインと愛を囁き合い、口づけを交わした唇で私の髪に触れないでよっ!!!……
そう叫び、彼を突き飛ばしせたら良いのに。
「おや?」
ジークフリートが意外そうに声をあげた。ブランキシマがゆっくりと道の端に寄り、静かに止まる。アリアの鼓動がドキリと跳ね上がった。鮮やかなルビーレッド瞳、奇跡のポンパドールピンクの色彩を放つ艶やかな髪。聖母の如く慈愛に満ちた笑みを浮かべた原作ヒロインがそこに居た。
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