第二十話 近づく婚約式は死へのカウントダウン①

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第二十話 近づく婚約式は死へのカウントダウン①

 アリアは抗おうと足掻いていた。何としても生き延びなければ! このまま原作通りに殺されるなどとんでもない事だ。  等身大の鏡の前に立ち、通常なら己にそのドレスが似合っているか否かあらゆる角度からチェックしている場面だろう。何せ、表向きの設定上は容姿・人格・能力・家柄の全てがパーフェクトであるという『奇跡の存在』ジークフリートから求婚され、その『婚約式』の衣装選びをしている最中なのだから。  だが、現実は至ってお粗末なものだ。パートナーである筈のジークフリート本人は不在。兄により極秘でアリアの部屋に呼びつけられた王室御用達の衣装デザイナーが三名、宝石商が二名がいそいそと動き回っている。各々が山ほどの生地とデザイン集、アクセサリーや小物を持参してあの手この手で世辞を披露していた。スザンナはウキウキしながら、ローラは淡々と。鏡の前のアリアにあの色のドレスが良いだ事の、このデザインよりもこちらの方が良いなどと意見を述べ合っている。室内にいるのは全員女性だから、『女の園』とでもいうべきか? などと鏡の中を自分を見つめながらアリアは思った。  ……冷遇されているとは言え、一応は第三皇女。原作ヒーローとヒロインの絆を深め、彼等の奇跡的なハイスペックさを引き立てる為のみに生み出された典型的な当て馬役。容姿は気味が悪くて能力も凡庸という設定そのままね……  くすんだ水色の髪、双子姉妹や兄に比較すると粗悪とは言え、国民からしてみれば十分高級なヘアオイルを使用し、ローラやスザンナの手により毎朝毎晩のお手入れの欠かさないのに美しく見えない髪質。肌のお手入れだって欠かさないし、両親や兄や姉たちよりも劣る食事事情とは言え、栄養のバランスをしっかり考えて食べている。それにも関わらず、瘦せ細った体。パサついた肌はくすんで青白く、見るからに不健康そうだ。  ……せめてもう少し美人に設定してよ。見る角度によって色んな色は混じって見える瞳なんて昆虫みたいだし。作者には文句しかないわ……  専属騎士ロイドは、入口付近で護衛についている。当のアリアは、何とかして婚約式を逃れるよう手立てを画策していた。体も台詞も、原作矯正力に任せていれば勝手に話は進行していくから心の中で思う存分懊悩出来るという訳だ。ある意味チートな力とも言えそうだ、但し実際にな何の役には立っていないのだが……。ご丁寧に、人との会話も原作に沿ってアレンジされ、自然に成立してしまうのだ。今更ながら『原作矯正力』の恐ろしさを思い知る。  例えば、このような感じで。 「裾はもう少したっぷりとフリルが入っていた方がより素敵ではないでしょうか?」 「あら、逆にスッキリさせた方が品があって素敵ではないかと思うのですが」  ……原作矯正力に何とかして逆らわなければ! いっそ事前にロイドにお願いしてどこかに監禁して貰って婚約式をボイコットするとか!? 原作強制力に逆らう為に何か良い方法、心中をそのまま書き写せる魔法って無かったかしら?……  「どうかしら? ジーク様のお好みに合わせたいわ。清楚な感じがお好きなのよ」  心の中で何をどう思っていようと、原作忠実な流れになるように台詞も仕草も表情も自動的に演じて行くのだ。まるで操り人形(マリオネット)だ。  ……婚約式まであと二週間とか、どんな強引な手を使ったんだ(クラウス)め。どうせ皇室の名を存分に乱用したんだろうけど……  衣装選びの今日、本来なら駆け付けてくる予定だったジークフリートは、表向きの理由として「緊急事態が発生して外せない仕事となってしまった」としている。  けれども、アリアはそれが真っ赤な嘘であると知っていた。  ジークフリートが愛してやまないヘレナが、人事不省に陥ってしまったのだ。ヘレナは国民たちの為に魔獣や瘴気が侵入して来ないように結界を張り定期的に強化させたり、怪我や病に苦しんでいても貧しさの為に医師に診て貰う事が出来ない人々の為に無償で治癒魔法を施したりして聖女的な活動を行う日々を送っているという。全てにおいて完璧な彼女を、無意識に妬んだ者たちの邪悪な心が集結し、邪気の塊となってヘレナを蝕んでしまった、と原作には書かれていた。  このままだと、ヘレナは儚くなってしまう。  その邪気の塊の根源は他でもないアリアだというのだ。愛するジークフリートの寵愛を独り占めするヘレナに嫉妬するあまり、無意識に向けてしまった醜悪な心情。  今、ジークフリートは愛するヘレナを目覚めさせようと、持てる権力を最大限に駆使して世界各国の人脈を駆使し、奔走している真っ最中なのだ。  その結果、ヘレナを目覚めさせるには邪気の根源となった者の心臓を聖剣で突き刺し、その血液をヘレナに浴びせる事が出来れば良いのだと突き止める。  アリアがジークフリートに刺殺されるのが、婚約式の日だったのだ。
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