第四話 これは……拙い、我ながらチョロインの予感①

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第四話 これは……拙い、我ながらチョロインの予感①

 楽し気に談笑する紳士淑女、或いは女の子たちのグループ、または男性のみのグループ。大広間では優雅に踊る紳士淑女。遠目から見ると、女性たちの色とりどりのドレスは俯いて咲く花に見えるから不思議だ。天井にはハナカイドウを象った数多のシャンデリアが煌めき、テーブルの上に美しく盛られた果物やスイーツ、花瓶に生けられた花束などをより豪華に演出している。美しいメロディを奏でるのは皇室お抱えの交響楽団だ。  兄クラウスは、華やかな女性たちに囲まれ愛想の良い笑顔を振りまき、双子の姉姉妹は男性陣に囲まれてチヤホヤされている。父である皇帝、母である皇后両陛下は、笑顔で玉座から全体を静観。では、アリアはと言うと……  見事に壁の花と化していた。……まぁ要するに壁と同化していた訳である。案の定、小説の通りで失笑だ。一応はアリアの十四歳の誕生パーティーという名目なのだが……おや? 主役はどうした? 一応、アリアの筈だが……。招待客たちは最初はクラウスにエスコートされているアリアに、誕生日プレゼントを渡す名目で列を作る。形式上はアリアへのプレゼントだが、実際はクラウスに良い印象を与え、年頃の女性などはあわよくば婚約者候補になろうと媚びを売るのだ。その後、クラウスがアリアの傍を離れれば、少しの間彼らは遠巻きにアリアを見ているが、その内誰も見向きもしなくなる。まぁ、別に誕生日でなくても、誰がメインのパーティーでもアリアの立ち位置は変わらないので気にならなかった。むしろ貴族たちの胡麻すり攻撃やら、上品な言葉に隠し込んだ貶し合いや駆け引きなど、水面下での熾烈な戦いに参加しなくて済むのだから楽ちんだと感じていた。  それよりも重要なのは、アリア自身が生き延びる為の方法だ。ここに来てもう一つ確信した事がある。原作の流れに沿う範囲なら言動が自由に出来るという事実だ。どう足掻いても原則通り強制的に物語が進行してしまうなら、自由に出来る範囲内で行動あるのみだ。些細な事で物語の本筋は不動なものだとしても、塵も積もれば山となり、やがて小さな波紋が大きな波紋を呼び、結果的に物語の流れを変える事に繋がる可能性は0ではない。所謂、『バタフライ・エフェクト』という効果だ。  アリアは原作を思い起こす。この会場の何処かにいる原作ヒーローだが……こうして壁の花になって自分の無価値さや醜さを嘆いている時に、それはそれは優し気な笑顔で話しかけて来るのだ。  『アリア・フローレンス第三皇女に私、ジークフリート・アシェル……』  そこで思考を強制終了させる。まさに、今この状況ではないか! この場を離れてみようと踵を返した。今のところ、近づいて来る物好き……いや、酔狂な人物は皆無だ。  ……やった! 動けるわ。このまま強制ストップがかかるまで出会いの場所から離れてしまおう! 私が抜け出しても誰も気にしないからラッキーだわ……  誰に見咎められるか分からない。ドレスの裾をたくし上げて走り出したい気持ちを抑え出来るだけ淑やかに、されど可能な限り足を速めて会場を後にした。庭園に続く渡り廊下は人通りが少なく少しひんやりしている。ワゴンに乗せて料理を運ぶ使用人が数名行き来しているくらいだ。  庭園は典型的な英国ガーデンに作られており、白樺の木立や林檎の木などが立ち並ぶ中、木製のベンチがあちこちに設けられている。見事に茂ったつるバラがアーチを彩り、アイビーが伝う白いガゼボ。薔薇の園に咲き誇る様々な種類の薔薇。風に乗って上品な甘い香りが辺りを包み込んでいる。  パーティーが始まったばかりの午後。太陽はまだ高く燦燦と降り注いでいる。背の高いつるバラたちの葉が、しっかりと日傘代わりを果たしてくれていた。  ……もしかしたら、このままやり過ごせば原作ヒーローに合わないで済むかもしれない!……  そんな希望を胸に抱き、白い木製のベンチに腰をおろした。ふと、シャボン玉が辺りを舞ったら夢の世界のようで素敵だ、と思いつく。軽く右手を挙げ、手の平を天に向けた。指先からオーロラ色のシャボン玉が生まれて行く。いくつも、いくつも。後から後から。やがてシャボン玉は、辺り一面にを包み込むようにしてフワフワと舞い始めた。アリアは満足そうに微笑み、夢見るように周りを見渡す。簡単な魔術で作り出したシャボン玉なので、アリアが消えるようにイメージするまでは壊れたり消えたりしない。  ……魔法が使えるのは、この物語の中に入って良かったかな、と思える事の唯一かもしれないな…… 「美しい御方、お探し致しました」  唐突に、背後より響くチェロのように深みのある澄んだ声に、ドキリと鼓動が跳ね上がった。同時に、声を聴いただけで強制的に感じてしまうトキメキに、本能が危険を告げた。  ……惹かれたら、死ぬ!……  声の主が歩み寄る気配に身を震わせる。それは命の危険が迫る恐怖と、魂が引き寄せられる雌の本能が混ぜ合わさった筆舌に尽くしがたい感覚が全身を駆け抜けた。
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