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第九話 Fate~宿命~
その占い師の鑑定場所は、大通りから脇道に入り曲がりくねった小道に沿って歩いた先の路地裏にあった。こじんまりとした紫色の屋根を持つ丸太小屋という外観で、見事な蔦が無数に絡まり森の奥に住む魔女の家……という雰囲気がバッチリと出ている。ドアにはコルクボードが掛けられており、ルーン文字で枠組みを装飾されていた。【占いの館「幸運の道標」へようこそ】と黒文字で書かれていた。周りは住宅街に囲まれているが、この場所だけ明らかにまとっている空気が異なっており、何となく神聖な感じに思える。演出が上手いのだろうな、とアリアは胸の内で現実的な考えを示した。
「あ、良かった。長蛇の列では無かったですね!」
スザンナが珍しく声を弾ませた。彼女の説明によると、予約は取らない方式らしい。何でも『一期一会』『ご縁』を大切にする為らしい。ディランと護衛騎士二人は散らばって建物や木陰に上手く身を隠している。
ドアの前には、二人組の若い女性が待っていた。お嬢様と侍女、といった感じだろうか。アリアたちは彼女たちの後ろに並んだ。そのタイミングで、館のドアがスッと開く。女の子の三人連れが嬉し恥ずかし、と言った様子で出て来た。彼女たちは、『えー、ホントかなぁ』『当たるといいね!』『きっと当たるよ!』そんな会話を弾ませながら去って行った。占いの鑑定結果が良かったのだろう。会話から察すると、片恋の相手を占って貰って。相手も憎からず思っているとか。或いは、叶えたい夢の実現率が高いと鑑定されたか。いずれにしても、良い結果を言われて前向きになれたのだろう。
……原作でアリアは、占い師に何て鑑定されたんだったかな……
待っている間、原作を振り返ってみる。
……確か、『残念だけど、あなたの婚約者とその絶世の美女は世紀の恋に落ち、あなたは彼らを結びつける役割の為に生まれて来たみたい。これは努力次第で変えられる運命ではなく、宿命です。あなたには酷な事ですが、今世は諦めて来世に期待した方があなた自身が楽かもしれません』だったかな。それを聞いて、諦めたというか。ジークフリートにほんの少しでも良いから振り向いて貰えたら、と言う願望を手放したんだったわね……
いつの間にか、前で待機していた二人組は館に入室したようだ。見るとは無しに前を見つめながら、アリアは物思いに耽け続ける。
……そうよ、読んでいて腹が立ったのを思い出したわ! どんなに当たろうが何だろうが、所詮他人の言う事を鵜呑み妄信して、馬鹿なの? だからジークフリートなんぞに引っかかるんだよ! 運命だか宿命だか知らないが、アリアの方が地位は上なんだぞ?! 婚約破棄をこちらから叩きつけてやれっ!! 大体において、来世なんてあるかどうかも分からないし、仮に来世で生まれ変われたとしても今世の事なんか覚えてる確率の方が少ないんだから、何無責任な事言ってるんだ!……
「「……ま、メアリーお嬢様」」
ローラとスザンナの呼び声で我に返る。
「大丈夫ですか? 順番が来ましたよ?」
スザンナ。アリアは一人で鑑定されてみたい、と伝えていたのだ。
「ご一緒しなくて本当に大丈夫ですか?」
ローラも思案顔だ。
「うん、何かあれば呼ぶから」
アリアはスザンナが開けてくれていた館のドアを潜り、室内に足を踏み入れた。アリアは少しだけ緊張していた。部屋広さは八畳ほどだろうか。窓から差し込む明かりが、ほど良い薄暗さを演出している。微かに流れて来るBGMは、グノーのアヴェマリアだ。床も壁も全て丸太を生かした作りになっており、何となく森の妖精の住処にいるような気分になる。
その占い師は、部屋の奥の壁を背にするような形で椅子に腰をおろしていた。黒いタロットクロスが敷かれたテーブルには、タロットと思われるカードの束が数種類と、直径30cmほどの透明水晶玉が鎮座していた。占い師は暗紫色のフードつきローブを身にまとい、静かに待機していた。フードを目深に被っているが、零れ落ちるグレーのパサついた髪に大きな鷲鼻、深いほうれい線から老女である事は見て取れる。
……小説では館の室内や占い師の外見について細かい描写は無かったけど、何だかヘンゼルとグレーテルに出て来そうな魔女さんみたい……
とアリアは感じた。ただ、ニコニコと人好きそうな笑みを浮かべているところからして、商売上手な事も窺えた。
「いらっしゃい。よく来てくれたね。ご縁を有難う。お座りなさいな」
ハスキーな声は、耳に心地よかった。緊張が解れていく。促されるまま、「お願いします」と応じつつ占い師の向かい側に腰をおろした。
「どれ、早速視てみようかね」
と占い師は透明水晶玉に両手を翳した。直ぐに神妙な顔つきでアリアを見つめる。
……え? 何?……
再び緊張の波が押し寄せるアリア。
「……うーん、これは残念だけれど運命ではなく、宿命だねぇ……」
占い師は気の毒そうに言った。
「えっ?」
小説の内容と違わないキーワードに、アリアは絶句した。
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