32. 理由

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32. 理由

 窓から差し込む夜景の明かりを頼りに、お互いの輪郭を確かめ合う。  指先で互いの肌をなぞれば、痺れるような甘い熱が全身を支配した。  一枚ずつ部屋着を脱がそうとする手を遮り、そっと呟く。 「なんでって、聞いてもいい?」 「また?……いいよ」  ボタンにかけた手はそのままに、首筋に唇が落とされる。ちゅっ、と響く音に息を詰めながら問いかけた。 「なんで、帰ってこなかったの?」  本当は、ずっと聞きたかった。  早川の顔なんか見れなくて、その肩口に額を預ける。 「あれ?メッセージ送れてなかった?」 「仕事ってやつなら見たよ」  恐る恐る顔を上げれば、首を傾げてこちらを覗き込んでいた。 「メッセージの通りだよ。急遽、担当と打ち合わせが必要になってね。本当はあのままここにいたかったけど……」  大きな手の平に、太腿の内側をゆっくりと撫でられた。それだけで熱を孕む吐息とは反対に、絞り出す声は不安に揺れる。 「だって……、来たよ?」 「なにが?」 「女の人」    そう告げれば、一瞬の沈黙が訪れた。  しかし、次の瞬間ー……  早川は肩を震わせて笑い出した。 「くくっ……!あはははっ!!」 「え……」  声まで出して笑う様子に呆気に取られる。  呆然としながら腕の中にいれば、ようやく笑い終えた彼が言った。 「担当だよ」  その言葉に、思考が停止する。 「たんとう……?」 「そう。あれが、隙あらば僕に際どいエロ漫画を描かせようとしてた鬼だね」  頭の中に走馬灯のように絡み合う男達の姿が浮かんで消えた。慌てて頭を振り、飛びそうになる思考を取り戻す。 「で、でも……!で、電話で名前呼んでたじゃん……。"悠介"って」  そう言うと、早川は笑って言った。 「学生時代からの昔馴染みなんだ」 「でも、合鍵まで渡してんじゃん」 「僕が以前、締め切り前に部屋で倒れたことがあったからね。あとは、たまに居留守したり……?それで警戒されてるから、一応渡してるだけ」 「……でも、可愛い人だった」 「ニコチンパッチ中毒の二児の母だよ」 「えっ!?」  驚きで声を上げた時、視界が大きく反転した。肌あたりの良いシーツの波の中へ、勢いよく沈められる。  「ねぇ……」と耳元に聞こえたのは甘く掠れた声だった。 「だから、出ていったりしたの?勘違いして、ヤキモチまでやいちゃって…………」  耳元に低く吹き込まれれば、恥ずかしさのあまり全身が熱くなる。 「……っ!だ、だって」  言い訳の言葉が飛び出す前に、唇はあっという間に塞がれた。 「んぅ、ぁっ、ぁふ……」  柔らかな舌が歯列をなぞり、縮こまる俺の舌を絡め取ってゆく。呼吸すら奪うようなキスは、言い訳さえも許してくれない。  互いの吐息の熱さに、眩暈がする。  気づけば全てを脱がされ、暗闇の中で素肌を晒していた。  暗闇の中で視線が交われば、熱を孕んだヘーゼルの瞳が囁く。 「続き……、してもいい?」  その言葉に、ただ静かに頷いた。
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