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ひなまつり
いつものようにゲーム画面をキャプチャし、配信開始ボタンを押す。
1:やっと学校おわった
チャンネル登録第一号、かつ唯一のコメントしてくれる人。知っている情報は、学校に行っていると自称していることだけ。どんな人かは知らない。
配信を見に来ているというよりも、世間話しに来ている感覚のように見える。桃介の配信目的が、注目されたり有名になることではなく、人と接することだから、お互いの利害は一致している。
桃介は、好かれるキャラを演じる必要がなく、素の状態で居られるから気楽だ。
「お疲れ様。友達は出来た?」
2:そう簡単にはでけへん。話すの嫌がられる
「感染症が蔓延してるから、仕方ないよ」
3:うちは元気やのにな。今日『そんな声でよう生きてけるな』言われてん。ひどない?
「どんな声だよ。気になるから聞かせろよ」
4:ええけど、わろたら切るで
(話せるのか!? 配信続けていて良かった)
桃介は、心の底から思った。声でやり取り出来る機会を、ずっと待ち望んでいた。バイト先での応対以外で、最後に人と話したのは何ヶ月も前。
話せる機会は、もう訪れないかもしれないと、絶望していた。
「ID貼る」
【ID:***】
着信通知が表示されたから応答ボタンを押す。
『おいすぅ』
聞こえてきたのは、アニメに出てくるキャラクターのような可愛らしい声。
「女の子だったんだ。声、めちゃ可愛い」
『……ほんまに? ほんまなら嬉しい』
「本当。ずっと聞いてたい」
『ずっとは無理や』
5:拒否します
6:撃沈(笑)
(何者だ、こいつらは? 文字列に構ってる暇は無い。今は<彼女>を繋ぎ止めることだけを考えよう)
「たまに聞きたい」
『なんで、たまにに格下げされたん?』
7: www
8:どんまい
「無理と言われたから」
『学校とかあるし、無理に決まっとるやろ』
9: www
10:押せばワンチャンありそう
『あれへん! たまに言われんかったら知らんけど。もうええやろ。宿題するから切るよ』
(待ってくれ……なんとしてでも<彼女>を繋ぎ止めたい)
「喋らなくてもいいから、切らないで。呼吸音を聞いてたい」
11:おい……
12:キモイ
13:一線を越えてしまわれた
14:オワタ
15:はじまってもない件
『変態や! そんなん言われたことあれへん』
16:※普通の人は言いません
17:傷をえぐらないであげて
18:お兄ちゃんちゅっちゅ。あいしてるおって言って
『BLのリクエストやで』
19: Nooooo!! BLは望んでない
20:凸者に言ってほしい
21: 萌え声の方が凸者なの?
22:せやで
『お兄ちゃんちゅっちゅ。あいしてるお』
23:保存しました
24:これはワンチャン
『あれへん。リモコンになってみただけや』
25:ラジコンです
『なんでもええわ。宿題するさかいmomo喋っとって』
momoは、桃介のハンドルネーム。しっくりくる名前が思い付かなかったから、とりあえず本名から取って付けたのが由来。
『ピコンピコン♪ チャラララン♪』
26:おい
27:音……
28:凸者がゲームし始めてる件
29:宿題はどうなった
30:自由過ぎるだろ
(<彼女>に関心を総取りされている。今から俺が一人で喋ったところで、コメントが付かなくなるだけだろう……話したいことは無いし、配信を終える頃合いだな)
「そろそろ落ちます。お疲れ様でした」
配信終了ボタンを押す。
カウントアップし続けている通話時間。
<彼女>との通話が継続している。
「あのさ」
『どうしたん?』
「繋がったままなんだけど」
『切ってもええで』
「切らなかったらどうする?」
『繋がりっぱなしやな』
「それは大丈夫なのか?」
『知らん。ラジオとしか思てへんし。切ってもええで』
「掛けた方から切るものだし」
『切らないでて、言うたのジブンやろ。切りたいなら切ってもええで』
* * *
通話時間が三時間を超えた。
桃介は、そのうち切るだろうと思っていたけど、そんな素振りは無い。それどころか<彼女>はリラックスした様子で、鼻歌を口ずさんでいる。桃介が聞いていることを、一切気にせず生活音を垂れ流す。
* * *
通話を始めて五日経過。<彼女>から話しかけてくることはない。唯一話しかけてくるのは配信中のみ。繋がってるから声を出せるのに、何故か文字列でしか話しかけてこない。
1:やっと配信始まった
<彼女>に、今から配信すると伝えたことはない。それなのに、配信を始めるとすぐにコメントしてくれる。
「繋ぎっぱなしなのに、いつも配信見に来てくれるよな」
2:他におもろい配信あらへんさかい
「声出していいよ」
3:うちの配信やないし、やめとくわ。前に気分害させたやろ。せやさかい、もう喋らへん。
(配信切ったときのことを気にしてたのか……)
「チャンネル作って、配信すればいいのに。絶対人気出るよ」
4:声、コンプレックスやから嫌
(悪口言った奴は、妬んで嫌味を言ったんだろ)
「俺は好きだけどな」
5:すぐドキドキさせてくるな
6:気が向くことあったら挑戦してみるわ
7:今は声聞いとりたい。おもろい話して
自宅警備員と化した桃介に、面白い出来事なんて起きない。
(相変わらず無理難題を要求してくる……)
桃介は、何も言わず配信を切り、通話も切った。
桃介には悪癖がある。苛々すると感情のコントロールが効かず、瞬間湯沸かし器のようにカッとなり、攻撃的になる。
通話時間は、127時間23分37秒
<彼女>と繋がっていた時間。
五日間も繋がっていたものが突然切れたのだから、桃介は<彼女>の方から『なんで切ったん?』と連絡がある未来を予想していた。
通話が繋がっている五日の間、桃介は何度か<彼女>に当たり散らした。けれど、無視されたり嗜められたことは、一度も無かった。ずっと<彼女>が相槌する音が聞こえていた。
だから、今回も許されると思い込んでいた。
三十分、一時間――どれだけ待っても音沙汰は無い。<彼女>が『声聞いとりたい』と書いたのは嘘だったのか?
すぐに後悔の念に襲われる。<彼女>は『ラジオとしか思てへんし。切ってもええで』とも言っていた。何度も、それ以上の存在ではないと宣告されていたのに、桃介は思い上がり、自ら繋がりを絶ってしまったのだ。
* * *
翌日夕方。下校した<彼女>が帰宅する時刻。
連絡があったらすぐに応答できるよう、パソコンの前で待機し続けているが、何の通知も無い。
配信するか悩む。<彼女>が配信を見に来るようになる前、一度もコメントが付かないことが日常だった。毎日配信するようになったのは、<彼女>が来てくれるようになってから。
今思えば、<彼女>と繋がるために配信していた――今更気付いても遅い。配信する理由を失ったことに気付かされただけ。
配信を辞めれば、ただ呼吸しているだけの廃人。だから、桃介に配信しない選択肢は無い。
(仕方ない。配信するか……)
配信を始めてすぐにコメントが付く。
1:学校終わった
桃介には<彼女>だとすぐにわかった。
そして、まずは謝ろうと思った。
「昨日、ごめん……」
2:何が?
「何も言わずに切ったから……」
桃介は、歯切れが悪い。
3:あれより長いのは勘弁や。何度切ろう思うたことか
「じゃ、俺の勝ちということで」
4:ちゃうやろ。切ってへんさかい、うちの勝ちや
「そう……だな」
配信を辞めてたら、取り戻すことが出来なかった日常。日常が戻って嬉しいはずなのに、涙がポロポロと溢れる。
5:この配信終わったら、うちも配信してみることにした
「どんな配信するの?」
6:ゲーム
「ああ。いつもしてるよね」
7:なんで知っとるん?
「音、聞こえてたから」
8:聞こえてへんと思うとった
「使ってるマイク、音よく拾う」
9:さよか
「やらしい声も聞こえてた」
10:嘘言ぃなや。そんな声出してへん
「おかしいな。『行ってくる』とか聞こえてたんだけど」
11:学校や
「声聞きたい」
12:配信見ればええやろ。喋るか知らんけど
「喋らない配信は、有りなのか?」
13:嫌なら見んかったらええだけや
14:ほんでええと思う人だけ見ればええ
「多少は、配慮しないと」
15: momoもうちに配慮せんやん
16:見とるのに急に切るし、意地悪する
「ごめん。気を付ける」
17:媚び売らんでええ
18:いつ来んようなるかわからへん知らん人に、気ぃ遣って配信しとったら、しんどいやろ
「そうだな」
<彼女>は、桃介の配信が終わったら配信すると言っていた。
『嫌なら見んかったらええ』と言うし、視聴者に媚び売る気が全く無い。そんな配信がどうなるのか、見てみたい。
配信を終了し、<彼女>のプロフィール画面を開く。まだチャンネル登録者は居ない。
第一号の座をいただいて間もなく、予告通り配信が始まる。映し出されたのはゲーム映像。
1:わこつ
コメントを書いたが応答は無い。何も喋らずゲーム中の画面をひたすら見せられるだけ。面白くも何とも無い――こんな配信に誰が関心を持つのか。
2:初見
他の人が来た。が、応答は無い。
<彼女>は視聴者を放置する。聞こえてくるのは『わぁ!』、『ぎゃあ!』という声だけ。
3:何のゲーム?
4: 主はゲームに集中していて、コメントを見ていないようです
5:ふむふむ
6:ゾンビ
7:気付いてない
8:あーー
* * *
コメント数は50を越えたが、相変わらず無応答。ゲームに没頭している<彼女>の口から溢れる、可愛らしい声を逃さぬよう耳を澄ます。
『遊び過ぎてしもた。宿題せなあかんし、ぼちぼち終いにしよ』
ゲーム画面が消え、デスクトップ画面に浮かぶ配信ウインドウが表示された。
『配信してること、すっかり忘れとった。誰も見てへんし、まあええか』
マウスカーソルが配信終了ボタンに向かう。
(ちょっと待て。気付いてくれ)
58:良くない
59:いい加減、コメントを読みなさい
60:我々を放置したことを詫びたまえ
他の視聴者も、同じことを思っているようで、コメントが一斉に書き込まれる。
『うわっ。なんかおる』
<彼女>らしい反応。
通話時に聞いた話では、高校入学を機に上京した、〝自称〟高校一年生という設定だった。
だが、桃介の配信で『幼女』と煽られたとき『大人のお姉さん』だと返していた。釣り目的でJKと自称する人は多い。年齢を重ねても、可愛らしい声の声優はごまんと居る。声で年齢はわからないのだ。
配信者が言うことは話半分で聞くもの。実際どうなのかはわからないし、配信者の自己申告に委ねられる。
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