夏休み

1/1
前へ
/6ページ
次へ

夏休み

 今日から夏休み。  したいことも、予定も無い長期休暇は苦痛。スマホで適当な動画を見て、時間を潰すだけの日々がひたすら続く――想像するだけで億劫(おっくう)。 (刺激が欲しいわ……誰でも良いから、私を連れ出してくれないかしら)  自己中心的な願望。羽菜(ハナ)は入学以来、同級生との接点を持っていない。全員を見下していた期間と、苛々して寄せ付けなかった期間しかない。  見てもいないのに、動画を垂れ流しているスマホが突然鳴り響く。発信者名の表示は〝ひなまつり〟。 (この表示は何? 今は三月じゃないわよ……) 「はい」  詐欺電話かもしれないから、余計な情報を伝えないよう応答だけした。怪しいと思ったのだから出なければ良いのに、気になって出てしまった。 『明日、海()こうや。知り合いに誘われてん』  特徴的な声と、関西弁。動画サイトのオススメに出てきて以来、よく聞いている声。 (同級生の<ひなさん>だわ。掛ける相手を間違えたのね……)  成り行きで、連絡先を交換したような気はする。けれど、うろ覚え。五月以降、誰とも会話していないから、入学してすぐに交換したのだと思う。  でも、会話する仲では無いし、誘われるような接点も無い。 「掛ける相手、間違えてるわよ」 『間違えてへんよ。勇気出して掛けた』  同級生と一緒に出掛けることは、羽菜(ハナ)にとって非日常で、刺激的な出来事。どこかへ連れ出してくれることを望んでいる羽菜(ハナ)に、断る理由は無い。 「……何時に、どこへ行けばいいかしら」 『朝九時。那古野(なごや)駅の金時計(きんどけい)前で待ち合わせ』 「じゃあ、また明日」  通話が切れる。   * * *( )  同級生と出掛けるのは初めて。  母親に報告し、許可を得なければならない。 「明日、海へ行こうと誘われました」 「誰と行くの?」 「同級生の<ひなさん>です」 「<ひなさん>との仲、良好なのね」 「接点は多くありませんが、先程、電話が掛かってきました」 「これから一緒に過ごすことになるから、仲を深めておきなさい」  母親が交友関係を否定しないのは初めて。  説得する必要があると思っていたから、拍子抜けした。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加