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ゆく河の流れは絶えずして、少年達の愛もまたかくのごとし
剣道場では、一組の男女が濃厚なディープキスをしていた。
高校1年の同期達は、それを扉の隙間から覗く。
「すげぇな、湊先輩。また、新しい彼女だぜ、あれ」
「ああ、いいよなぁ、剣道強くて、主将で、顔が良くて、勉強できて……完全なモテ男だよな」
「噂だと、うちの女子部員とはみんなやったらしいぜ」
「まじかよ、羨ましい!」
俺は、イライラしながら彼らを促す。
「おい、お前ら! いいから、もう行こうぜ!」
「何、怒っているんだよ、千幸。待てよ」
「俺は、別に怒ってない」
「まぁ、羨ましくて腹が立つってのは分かるけどな……ところで、千幸だって美少年剣士という事で密かに人気だって知っているか?」
「俺が? 美少年剣士? 初耳だな」
「ほら、時代劇の……ああ、あれだ! 新撰組の沖田総司。イメージがピッタリだって女子の中で噂になってる」
「ふーん。まったく興味ないな……そんな事より行くぞ」
「ちぇ、相変わらずの女嫌いかよ……おい、待てって! 千幸!」
****
学校近くの公園、パーゴラのベンチ。
湊兄ちゃんが姿を現した。
「待たせたな千幸」
何の前触れもなく抱きつき、強引にキスをしてくる。
「ぷはっ……や、やめろよ」
「嬉しいくせに……」
「別に……」
「ははん、いつものジェラシーか?」
軽い口調。
ヘラヘラ笑い。
嫌な笑い方。
「分かったよ……今夜、抱いてやるよ。うちに来いって」
「……また、新しい彼女に振られた? それとも振ったの?」
「何だよそれ!」
怒るお兄ちゃん。
俺はため息混じりに言う。
「俺、今、付き合ってる人がいる。知らなかったでしょ?」
「付き合っている人? そっか……千幸もようやく彼女が出来たか。良かったじゃないか!」
「彼女じゃない」
「え!? まさか男ってわけじゃないよな?」
「男だよ」
「なんだと!? 男だと! 千幸が俺以外の男と付き合っているだと!?」
「そう、だから、もう、お兄ちゃんとこういう関係はやめにするから」
驚き顔のお兄ちゃん。
「今、なんて……」
混乱気味の表情。
そして、すぐに逆上。
「こ、こっちだって願い下げだ。お前なんか抱いてやるか! 俺以外の男に掘られた奴なんて……」
思った通りの展開。
すーっと気持ち冷めていく。
****
待ち合わせの駅前の看板。
少し早かったかな。時計を見る。
カップルが多い。皆幸せそうだ。
一方、俺と来たら……。
お兄ちゃんは、あんな人じゃなかった。
思い出さずには居られない。
湊兄ちゃんは幼なじみ。
二歳年下の俺の面倒をよく見てくれた。
手本となるべく、それは優しく。
6年前、小4の俺はお兄ちゃんに恋をした。
明確に『好き』を意識したのは、当時お兄ちゃんが憧れていた姉の身代わりで女装しキスをした事があった。その時だと思う。
大好きなお兄ちゃんを追いかけて、同じ中高一貫校に進学した。
中学生になり、一人称は、『ボク』から『俺』に変わった。
同じ剣道部に入った。
「こいつ、俺の弟分だからよ。みんな仲良くしてな!」
頭シャカシャカされる。
嬉しいかった。特別扱い。
プライベートでは進んで女装をした。
それは、女装をすればお兄ちゃんが特別扱いをしてくれるからだ。
女装するたびに少しずつエッチな事をするようになり、中三の夏、初めてを体験をした。
「千幸、千幸……気持ちいいよ……お前の中」
「お兄ちゃん……お、俺……変な気持ち」
お兄ちゃんの、はぁ、はぁ、という息づかい、快楽に溺れるエッチな顔は今でも忘れない。
初めてが痛く無かったと言えば嘘になる。
だけど、なぜか気持ちが満たされた。
「お兄ちゃん、AVの男の人と同じ顔してた」
「うるせぇ……千幸だってAV女優と同じ顔してたぞ」
「うそ!」
「嘘なものか……」
男なのに男のモノを受け入れてしまったという罪悪感。
しかし、それも回数を重ねるうちに消えていく。
そして、いつしかAV女優の「いくっ」というセリフの意味を理解した。
俺、高校一年、湊、高校三年のある日の事。
「千幸、もう女装はするなよ。俺は千幸のままで抱きたいんだ」
俺は有頂天だった。
やっと俺を見てくれた。
最初は姉の百花、そしてAV女優。その身代わりを卒業したのだ。
しかし、その幸せは幻と消えた。
お兄ちゃんが片っ端から女子と付き合っている、という噂が耳に入ったのだ。
それが事実であることは直ぐに判明した。
そして、俺もその一人だと理解した。
「お兄ちゃん! どういう事だよ!」
「千幸、怒るなって。お前は特別だからさ」
「特別ってなんだよ!」
「男で抱くのはお前だけって事さ」
「何それ」
「まぁいいじゃないか……ほら、ケツを突きだせよ。気持ちよくしてやっから」
それ以降も彼女を取っ替え引っ替え。
そして、女と別れるたびに俺を抱きに戻ってくる。
「どうだ、良かっただろ? 千幸すごく感じていたぞ。千幸は本当に俺のが好きなのな。ははは」
得意気に話す。
別れた女の数だけ上手になっている。
それが本当に嫌だった。
「千幸は特別だから」
その言葉に騙され続けた。
都合の良い幼馴染。
言いなりの年下の男の子。
遊ばれていたのは分かっていた。
なのに、別れられずにいた。
でも、今日、やっとそんな自分に決着をつける事ができた。
「やあ、千幸君!」
爽やかな美形の男が手を上げている。
その男は、周囲の女性達の熱い視線を集めながら俺のもとにやってきた。
「今日も可愛いよ。千幸君」
「そうですか?」
「ああ、ワンピース似合っているね。どっからどう見ても清楚で可憐な女の子だ」
「……豊さん、いきましょう。注目浴びてますから」
「え? ふふふ、千幸君が可愛いからかな?」
「……違いますよ。豊さんがカッコいいからです」
「そうかな?」
豊は、俺の手をギュッと握り締めた。
****
まずはレストランで食事。
豊は、微笑みながら俺の食事姿を凝視する。
「千幸君ってやっぱり男の子なんだな。細いのに良く食べる」
「変ですか?」
「ううん。とってもいいよ。さぁ、どんどん食べて」
食事の次はカラオケ、映画、ゲーセンの定番コース。
豊は、ずっと俺の手を握りっぱなし。
「豊さん、最近俺ばっかと会ってますけど、彼女さんと出かけないんですか?」
「ああ、用事があるって。女友達と買い物だってさ。男かもしれないけど」
「それでいいんですか?」
「まぁ、しかたないかな。お互い様だからね」
「大人って嫌ですね」
「千幸君もそのうち分かるよ」
「なら、俺、大人になりたくないです」
「ふふふ、そうだね。千幸君はずっとこのまま、お人形さんみたいに可愛いままでいてほしいな……」
「豊さん、キモイです……」
「ははは、相変わらずきついな、千幸君は。ところで『俺』ってやめない? せめて『ボク』は?」
「いやですよ。俺は俺なんで」
「まぁ、オレっ子も嫌いじゃないけど……」
そして最後はラブホテル。
「あ、千幸君。ワンピースは着たままで。男物のパンツは脱いでね……スカートをめくると男の子のモノがついているのが最高なんだ」
「はぁ、豊さんってこれが無ければ、普通のイケメンなのに……台無し」
「あははは。面目ない。じゃあ、シャワー浴びて来るから。まっててね」
変わらないな。豊さんって……。
豊との出会いは、姉と女装で出かけた時。
カフェでナンパ。
面食いの姉に押し切られて、仕方なく相手をする事に。
姉はトイレで中座し、豊と二人きり。
「違っていたら許して欲しい。君って男の子?」
「そうですけど。バレましたか。騙してごめんなさい。ちなみに姉にも彼氏がいます。お時間をお取りしました」
「そっか、うんうん! 友達登録しよう!」
「へ?」
目を輝かす。
「今度ゆっくり二人で話がしたいな」
全く、その気は無かった。
しかし当時、都合が悪い事に、湊兄ちゃんが新しい彼女とキスをしている現場を見てしまったのだ。
それで、決心した。
「いやー、会ってくれるなんて。僕はすごい嬉しいよ」
豊は、彼女がいる、と正直に語った。
そして、ショタコンである事も告白した。
「変態なんだ、僕はさ」
「へぇ」
「驚かないの?」
「それは……俺を誘うぐらいだから。しかも、女装で来いとか」
「あははは。そうだよね」
「でも、彼女がいるって……」
「大学の時の後輩なんだ。付き合ってくれって言われて……断る理由もなくて」
「豊さんモテそうですよね」
「それほどでもないけど……千幸君の好みかな、僕って」
イケメンのキラキラ顔を向けてくる。
無視して質問。
「でも、こうやって俺と会うなんて、彼女さんに悪いよ」
「まぁ、そうだよね。でも、別に彼女が嫌いなわけじゃない。とても愛している。でも、性癖は別なんだ」
「性癖ですか」
「そう! 性癖には抗えないんだ。まだ、千幸君には分からないと思うけど」
「ええ、分かりません。大人ってずるいですね。何かと理由をつけて浮気しちゃうんだから」
「あははは。その通り」
「で、その浮気なんだけど、本当にいいのかな、僕としちゃっても?」
手慣れた仕草で、雌化した男の性感帯を攻めてくる。
「はぁ、はぁ、豊さん手慣れてます。俺、もうダメです」
「千幸君の体はとてもエッチで魅力的だ。男を惑わす魔性の少年。僕は、千幸君に夢中になりそうだ」
「変態……」
「そうさ、僕はショタコンの変態。でも、その変態に犯されイカされるんだよ、千幸君。どんな気分かな?」
「はぁ、はぁ」
「ふふふ、いい顔してるよ、千幸君……ううっ、いきそうだ。中に出すよ?」
「だ、だめ……外に」
「ごめん、出ちゃう。ううっ」
最初は湊兄ちゃんへの当てつけのつもりだった。
変態っぽい前戯。言葉攻め。経験豊かな腰使い。
いやらしい行為を強要され、誘導され、いいようにてごめにされていく。
いつの間にか、体が勝手に欲情してくる。
いつしか、豊の変態プレイも悪くないと思えるようになった。
ああ、これが性癖って事か。
大人になるって簡単な事なんだ。
そうやって俺は大事なモノを少しづつ失っていった。
****
ラブホテルから駅までの道のり。
手を繋ぎ歩く。
「千幸君、今日はずいぶん乱れてたけど……何かあった?」
「え? いいえ、別に……」
「ふーん。僕は、最高に気持ちよかったからいいけど……」
見透かされないよう、目を逸らした。
「ところで、千幸君。これプレゼントなんだ。受け取って欲しい」
「なんですか? これ」
紙袋の手提げ。中は衣類のようだ。
「次の花火大会のデートの時、是非それを身に着けて欲しいなぁって……」
「これ中身見て良いですか?」
「ダメ、後で。家でみて」
「レディースの下着ですよね?」
「さ、さぁ……ど、どうかな?」
「またですか?……どうせ凄くエロいやつ……俺、いいましたよね? そういうの着ないって」
「た、頼むよ、千幸君……僕は、どうしてもエロ可愛い千幸君が見たい……そしてそんな千幸君を思いっきり抱きたいんだ!」
「変態……」
「変態って言われたって平気さ。僕の本心だから! お願いだ、千幸君。誰だって性癖には嘘をつけないんだ!」
俺は、ため息を付いた。
「そんなに性癖が大事ですか?……じゃあ、今の彼女と別れられますか? そこまでするのなら考えてもいいです」
「な、それは……」
困った顔。
「そういう事です。浴衣では行きますよ。でも、これはお返しします。じゃあ、当日」
「ま、待ってくれ! 千幸君! 僕は本気なんだ。だから……」
「ははは、豊さん、冗談ですから気にしないで下さい」
「千幸君! 僕は彼女と別れるよ! 決めた! 決心がついた!」
家に戻った。
中身は、想像の斜め上をいく上下セットの下着。
姿見の前で、思わず笑った。
胸の突起は辛うじて隠れるものの、完全にはみ出した男のシンボルに、うしろを向けば、細い紐が一本で、大事な部分はほぼ丸見え。
どれだけ変態なんだ? あの人は。
大笑いのあと、すっと冷静になる。
もし、本当に彼女と別れたとしたら、俺はユタカさんの気持ちを受け止められるだろうか?
****
花火大会当日、自宅のリビング。
浴衣の着付けが終ると、姉の百花が手を叩いた。
「やっぱり、千幸は可愛い! 髪はツヤツヤだし肌は綺麗だし……弟にしておくのは勿体無い!」
「はぁ、千幸にはもっと男らしくなってもらいたかったのに……」
「母さん! 千幸だって気にしているんだから! そういう言い方しないの! ね、千幸?」
「そうでもないけど……」
「バカ、こういう時は、素直にうんって言っておきなさい。母さん、しつこいんだから!」
玄関先で姉が言った。
「ああ、そうだ、千幸。この間、湊君が来たよ。会わせてくれって……留守だって言って断ったけど」
「お兄ちゃんが……」
「いやぁ、湊君、カッコよくなったね。背が高くてイケメンで剣道部の主将なんでしょ? モテモテだよね、きっと。彼女いるよね?」
「多分……」
「そっか、残念。千幸、部活では一緒なんでしょ? そういう事、話さないの?」
「う、うん……あんまり」
「そっか……千幸、小学生の頃は湊君とよく遊んでもらっていたのに……まぁ、しょうがないか」
その瞬間も、お兄ちゃんから着信があったが無視した。
****
駅前の待ち合わせ場所。
豊は、スッと手を繋いでくる。
「まずは、報告だけど、彼女とはキッパリ別れたよ! これで千幸君と本気で付き合える!」
「……そうですか」
「浴衣、とっても似合っているよ、千幸君」
「ありがとう、豊さん」
「ところで、千幸君、例のちゃんと着て来てくれた?」
「……着て来ましたよ。もう、豊さん、エッチ過ぎです」
「ふふふ、気に入ってくれたようだね?」
「気に入ってません!」
「あははは」
豊さんと付き合う。
現実味がない。
でも、お兄ちゃんへの当てつけ、なんて自分への言い訳はもうできない。
「こっちです! 俺、ここの神社の近くに昔住んでいたんですよ!」
「へぇ、そうなんだ」
「こっちの階段をいくとですね……」
「今日の千幸君は、なんか、お喋りだね」
「そ、そうかな……」
「うん、でもとっても可愛くていいよ!」
やばい、見透かされてる……。
本殿への階段を登り切った時。
しらない女性に声を掛けられた。
「探したわよ、豊!」
「ま、舞奈!? ど、どうしてここに……今日はお友達と旅行って」
「あれは延期……で、あなたに合流しようと」
ジロリと俺をみる。
「……で、男友達と行くって言ってたわよね?」
「ちょ、ちょっと、それが……」
うろたえる豊。
「豊さん……彼女さんだよね? これはどういう事? 別れたっていうの、嘘?」
「えっと……その……千幸君。これには訳が」
女性は、俺を品定めする。
「……で、豊、この浴衣美人は誰? あなた高校生? まさか中学生って事はないよね? ったく、まさかこんな若い娘を連れ回しているだなんて……幻滅だわ」
「その、違うんだが舞奈。これには理由が……」
「何? 理由って? 恋人にコソコソ隠れて他の娘と会うなんて、浮気以外に理由があるの?」
「えっと……あの……」
俺は間に割って入った。
「あの、俺、こう見えて男です」
「え? 男? 嘘でしょ? そんな事って……」
「本当です。で、豊さんって、実は……ショタコンなんです。根っからの。だから、責めないであげて下さい」
「ショタ? ショタコン!?」
驚いて目をぱちくりさせた。
豊は頭を抱える。
「あ、ああ……もう、終わりだ……」
俺は、ため息を付いた。
「俺、もう帰るところなんで。さよなら、豊さん。彼女さんと末長くお幸せに」
「ち、千幸君!」
「ちょ、ちょっと? あなた待ちなさいって! まだ話が……」
****
ベンチに座った。
そこは、花火がよく見える特等席。
結局、嘘をつかれていた。
体目当ての大嘘。
あの様子じゃ、豊さんの方が彼女さんに執着しているよう。
ははは……何だろう、裏切られたのに凄くホッとしている。
なんだ。俺も同じじゃないか。
体が目当てだったのは……。
独り言を花火の音が打ち消した。
ドーン!
最初の一発が上がった。
花火を見ると思い出す。
6年前のこの場所で心に刻んだ事。
「ずっと一緒にいような! 千幸!」
「うん! お兄ちゃん大好き!」
涙がつーっと垂れた。
「嘘つき……お兄ちゃんの嘘つき! ちくしょう、何が、変わらないものがあるだ! 変わっちまったじゃないか……うっううう」
次から次へと花火が上がり出す。
花火の美しさは6年前と変わらない。
幸せだったあの日と同じ。
もう、帰ろう。と立ち上がったその時。
「千幸、やっと見つけたぞ! やはりここだったか」
振り向くと、そこに息を荒げたお兄ちゃんが立っていた。
****
「こっちへこい!」
俺の手首を握りしめ、繁みに入った。
お兄ちゃんは、俺の姿をまじまじと見つめる。
「浴衣だと? お前、なんで女装してんだよ! もう、女装するなって言っただろ! だから変な虫が付くんだ!」
お兄ちゃんは、俺を木に押し付け、欲望を爆発させる。
浴衣の裾をたくし上げ、下半身があらわにした。
「何だ、このエロい下着は? まさか、男にもらったものか? こんなものは、剥ぎ取ってやる!」
「や、やめてよ!」
「千幸、勘違いするなよ! お前は俺のものだ! ここも、ここも、ここも! そして、お前のここは、俺専用なんだ。他の男のを咥えるなんて絶対に許さない!」
お兄ちゃんは、体中を撫でまわし、自分のモノを俺の秘部にあてがった。
「いくぞ!」
俺は、泣き叫ぶ。
「……お兄ちゃん、やめてくれ」
「やめるかよ! オラ!」
「うぐっ……」
猛烈な下腹部の圧迫感。
そして、ユッサ、ユッサと木を揺らす程、繰り返される強弱。
「……うっ、ううう……や、やめてくれ、お兄ちゃん……」
「あん? そういう割に感じているようだぞ? そうだよな! 俺が最初にぶち込んで開発してやったんだから! ほら、言えよ。いつものように、お兄ちゃん、もっともっとってよ!」
ふと、後ろを振り返った。
湊の顔は泣き崩れていた。
「お兄ちゃん、泣いているの?」
「泣くかよ! こっちを向くな!」
怒鳴り散らかしながら腰を振る。
「くっ、うううっ……お前がいけないんだ! こんなに気持ちのいいの、他にあるかよ!」
「いくら女を抱いても、すぐに千幸の事を思い出しちまう……俺のはもう千幸のじゃなきゃ満足出来ないんだ。くそっ!」
「俺はお前の憧れのお兄ちゃんだ。千幸、お前に本物の恋愛のお手本を見せてやらなきゃいけない。いつまでも男同士で乳繰り合ってたんじゃダメなんだ。そう思って俺は、色んな女と関係を持って試した……でもダメだった。このありさまだ」
「ごめん、千幸……俺はお前の憧れのお兄ちゃんにはなれない。なれなかったんだ! 恋愛のお手本も示せず、こうやって、いつまでもお前に依存している。千幸の自由を奪っているんだ。俺は」
「でも、でも……他の男に取られるのは絶対にダメだ!」
後ろから思いっきり抱き付き、それは奥の奥まで入っていく。
「ううう、ううっ……かはっ……」
「ごめん、ごめん、千幸……いくっ」
それは、お腹に中に広がっていった。
****
木にもたれ掛かってしゃがみ込んだ。
足元を見つめる湊。
「いいよ、お兄ちゃん。許してやるよ。顔を上げて」
俺は近づいて頬にキスをした。
「お兄ちゃん、俺には恋愛のお手本なんていらない。俺の相手はお兄ちゃんだけ。俺は、最初から、お兄ちゃんに憧れ、お兄ちゃんの後を追いかけて来たのだから」
「千幸……」
「お兄ちゃんは、俺を好きな時に好きなだけ抱けばいい」
「でも、それじゃ……俺は、お前を縛っちまう。千幸、お前はそれでいいのかよ?」
「いいよ……」
「千幸、千幸……俺の千幸。もう離さない、絶対に……ずっとだ」
****
ドーン!
花火に照らされたお兄ちゃんの顔。
泣きべそをかいて情けない表情。
なのに胸がキュンとする。
「……お兄ちゃん、また泣いてる」
「バカ、千幸だって泣いているじゃないか」
俺は理解した。
お兄ちゃんは、知らず知らずのうちに俺の事、好きになっていたという事。
今ならよくわかる。こんなにも激しく情熱的に。
でもお兄ちゃんは気付いていない……きっと性欲のせいだと思っているんだ。
でも、いつか気づいてくれるはず。
今夜はそれだけでいい。
あの、6年前に感じた、
『何ひとつ変わらない想い』
それが確かめられただけで……。
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