あの日の約束

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 夜明け前のアラモアナ公園は、三万人を超すランナーと大会関係者で埋め尽くされている。これから始まるお祭を前に、参加者一人一人のエネルギーで会場が満たされているように思えた。  昨日、ここで待ち合わせした時の事を思い出す。  きっと来ない人を、どのヤシの木の下で待つべきか。  途方に暮れていた僕の前に、彼女は突然現れた。  しかし、彼女は香織さんではなかった。  僕の前に現れた女性は、香織さんの妹だったのだ……  スタート時刻が迫って来たのでコースに足を踏み入れた。  アメリカの国歌が斉唱される。肩が触れ合う程、ぎっしりと詰まった人ごみから大歓声があがる。  スタートまでのカウントダウンが始まった。  僕はウエストポーチに入れていた一通の手紙を取り出して、じっと見つめる。 「香織さん、一緒に走ろうね」  心の中でそう呟き、丁寧に手紙を仕舞った。  カウントダウンが残り十秒を切ると、ランナーの列が緩やかに動き始める。  スリー、ツー、ワン……  ゼロのタイミングで、爆音が轟き、夜空に花火が打ちあがる。空を見上げるランナーの顔が、赤や青や緑に染まる。ゆっくり、ゆっくりと前へ進み出すランナーの波、その波が少しづつ速度を増して、それぞれのドラマが幕を開ける。 「海藤健一さんでしょうか?」  前日、ヤシの木の下に現れた女性は僕を見つけて言った。  「美山香織さんですね?」  俯いた彼女は小さく首を振り、香織の妹です、と言った。  香織さんは? と問いかけた僕に彼女は一通の手紙を差し出した。  今、僕の隣に香織さんは存在しない。  だから、僕は彼女の存在を感じて走る。  一人だけど一人じゃない、いつか必ず実現する二人の約束、その日が来る事を信じて、遥か彼方のゴールへ向かって走り始める。
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