あの日の約束

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 闘病生活は一筋縄ではいかなかった。  手術してがんを摘出し、抗がん剤を投与する。僕も彼女も、割りと早い段階で発見されたガンだったから、絶望的な状況ではなかった。ある程度の副作用を耐えれば、良くなると信じていた。  だけど副作用による苦しみは想像を絶するものだった。ガンではなく抗がん剤で身体が滅びてしまうのではないかと思った事もあったし、そのせいで得体の知れない不安に襲われる事だってあった。  僕の場合は、ガン自体の治療よりも、副作用によって発症した肺炎に苦しめられた。肺の機能が著しく低下して、歩く事も、身体を起こす事もままならいほど辛い思いをした。  だけど、そんな状況に置かれても、彼女に手紙を送るという行為が僕を奮い立たせてくれた。苦しいのは僕だけじゃない。彼女も病気に立ち向かっているんだ。彼女に早く良い報告がしたい。少しでも回復して前向きな手紙を送るんだ。そんな気持ちになれたから、病気に立ち向かえたのだと思う。  結局、肺炎の症状が長引き、会社に復帰するまで二年半を要した。  少しづつ社会復帰していって、三年を過ぎたあたりから無理の無い運動を再開した。病気になるまでは毎日5キロから10キロ走っていた僕だが、再開当初は1キロ歩くだけでも膝に手をついてしまうほど苦しかった。フルマラソンなんて、とても想像出来ないほど厳しい状況だった。  それでもひと月が過ぎ、半年を越え、一年が経つと、ゆっくりならば一時間くらいは走り続けられるようになった。肺の機能は元通りにはならないが、衰えてしまったところは、別の機能が補っていく。 「おれたちゃ、そんなにヤワじゃない!」  あの日、壇上で拳を突き上げていた男性の顔が思い浮かんだ。  僕はそんなにヤワじゃない。  自らにそう言い聞かせて、少しづつ走る距離を伸ばしていった。
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