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「ゴールした後、あれ、食べました?」
「あれって、マラサダの事?」
「あっ、それです、それ」
「もちろん食べたよ!」
「ゴールした後、あんな脂っこいもの食べれるのかな、って思ってたんですよね。でも、あの甘さ、身体に沁みていく感じがして……」
「そうそう、口の周りを砂糖でベトベトにしながら、頬張ったなぁ……」
「約束の時が来たら、食べたいですね」
「うん、食べよう。絶対に食べるよ!」
フードコートの一番端にあるマラサダ屋を見つめながら、あの日の事を思い出した。がんサバイバーの集いの後、立ち寄ったファミレスでの会話だ。
いつの頃からか、ホノルルマラソンのゴール会場では、マラサダが配布されるようになった。走り終えた後なのだから、冷たいものとか、さっぱりとした物を配ってくれれば良いのに、と当時は思ったものだが、このマラサダが思いのほか美味しくて、疲れた身体に沁み込んで行く甘さと、油の感じが愛称抜群で、多くのランナーが喜んでいた。そんな何気ない思い出のひとつが僕達を笑顔にしてくれた。
食事を終えた僕はマラサダ屋の前に立って、店員の女性と笑顔を交わし、プレーンのマラサダを二個注文した。一つは自分の分、もう一つは待ち合わせしている香織さんの分だ。アラモアナ公園のベンチに腰掛けて、二人で食べようと考えた。
香織さんの分……
そう思ったとき、胸の奥を鷲づかみにされたような痛みが走った。
香織さんの分……
ベンチに腰掛けて二人で食べる事が出来るのだろうか。
待ち合わせ時間が近づいてきた。通りを渡って公園に足を踏み入れる。
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