部屋着に塩を

12/12
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 僕は更に考える。  ――こいつと一緒になって、果たして僕は幸せになれるのか?  このままでは『幸せになる』という彼女との約束は果たせない気がする。  僕の判断が間違っていたのではないかという思いが、出来の良いコーンポタージュのようにのっぺりと喉につまった。  そんな思いに駆られ、僕はようやく思い出す。  ナスミさんへの感情の変化が記憶の蓋を開け、鮮やかに色を放って止まらない。  ――彼女も、今の僕と同じ気持ちだったのだ。 『ナスミだけはやめて』  彼女は『幸せになって』の後に、そう付け加えた。  ――そういえば、そんな約束だった。  彼女は優しい人間だったが、でも、妬みも憎しみも感じる、当たり前の人間だった。  優しかった彼女も、ナスミさんだけは嫌だと言ったのだ。  僕は当時、ナスミさんと一緒になることしか考えていなかった気がする。  だからこそ、その都合の悪い願いを、都合良く記憶から切り離していた。  僕も、自分に都合の良いものだけを取捨選択していたということか。  そして彼女と約束した。  『あなたは幸せになって』と。  僕は考える。  ――果たして僕は、こいつと一緒になって幸せになれるのか?  さらに彼女と約束した。  『でもナスミとだけは嫌』と。  僕が殺した彼女は、僕の選んだ人を拒否した。  僕の都合で殺した彼女は、僕の都合を否定した。  僕はナスミさんを覗き見る。  ナスミさんは声を荒げた。 「ほら、あの人のことなんてどうでもいいから。先のことのほうが人間、大切でしょ?」  ――だったらこいつも、殺さなきゃ。 〈了〉 
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!