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僕はナスミさんへ適当に生返事し、少し考える。
――確かに、今際の際、彼女は僕の幸せを望んでいた。
それは確かなように思う。
ナスミさんの言により少しだけ開いた記憶から、塵のように当時の情景が積もり、形作っていく。
微かな記憶が、確かなものになっていく。
『私はもう死ぬだろうけど、あなたは幸せになってね』
確か、そう約束した。
彼女は痩せ細った手を僕に差し出し、僕にそう言った。
間違いない。
しかし。
約束はそれだけでは無かった気がする。
確かその後に、何かを付け加えていた。
――なんだっただろうか。そちらのほうが、大切なことだった気がする。
「ほら、もういいじゃない、あの人のことは。早く片付けましょうよ」
僕の思考にナスミさんが横切る。
また、苛立つ。
思考を邪魔されたことにも、ナスミさんの図々しさにも腹が立った。
彼女とナスミさんの仲が悪かったことは知っている。
原因が僕にあることも、もちろんわかる。
いわゆる三角関係だ。
当然、2人の仲は良いはずがない。
しかし、もう亡くなった人間に対し、穏やかに出られないこの心の狭さは、どうなんだろう。
僕は折角ナスミさんを選んであげたのに、わざわざ手を下したというのに、それだけで満足せず、更に彼女を僕の中から追い出そうというのか?
どれだけ心の狭い人間なんだろう。
――僕はこんな人物と一緒になるために、わざわざ彼女に毒を盛ったのか?
やはり僕は、どうにかしていたのだ。
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