部屋着に塩を

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 すると少し間を開けてナスミさんは口を開いた。 「……ごめん。少し口が過ぎた」  僕が黙っていると、更にナスミさんは言葉を重ねる。 「でもさ、その、彼女だって、いつまでも引きずってなんかほしくないんじゃないかな? あの人、優しかったじゃない」  僕は少し考える。  ――そうかもしれない。  彼女は優しい人間だった。  たぶん、僕が今まで出会った中で一番優しい人だ。  彼女は不幸に見舞われてしまったが、そんな中でも人の幸せを願わない人間では、絶対にない。  でも。  ――それはお前の言うことじゃない。  もう、ナスミさんがどう取り繕おうが、無理だ。  そういうことは、本人の口から言うものであるから価値があることで、周りの人間が、しかも彼女を嫌う人間が言っていいことではない。周囲の決めつけによる言語化は、彼女を軽んじる行為だ。自分の都合の良いように解釈と脚色を加えて、人の思い出と彼女の遺志に踏みいる権利は誰にもない。
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