8人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話 冥婚の儀
しゅくしゅくと蒸し暑く、さらさらと静かな夜に祝言をあげた。蝋燭の炎が無言の人々を照らしだし、怜子の前に一列、僕の前に一列、横向きにならんだ人々の列は途切れることなく続くかに思えた。
この日から一族の端くれに加えられたのだけれど、嬉しさはひとつもなかった。
きみと聞いた蝉の鳴き声すらきこえない夜に、きみとひきかえに得たものは、くだらない家名だけだ。
みしり、畳が音をたてる。
だれかの咳払いと姿勢を正す所作が妙に響いて、とくとくと鳴る心臓の音にまざった。きみのことを役所へ届けでるまえに、冥婚の儀を終えなければならない。
だれもかれもが黙ったまま、式だけが進んでいき、三三九度の盃をかわす段になった。
女当主が、赤い盃に酒を満たす。とくとくというその音が耳障りだった。
文字どおり、華のない、静かで暗い祝言。
僕が少し飲んだ酒を受けとり、女当主が怜子の唇にあてる。ぞんざいで冷たいような手振りが気に喰わない。
案の定、口もとから胸もとまで、透明な液体が怜子を汚すように流れ落ち、華奢な体がぐらりと揺れて、よこざまに倒れてしまった。ごつんと音をたてたように思える。
角隠しが外れて、怜子の黒髪があふれていた。
無言の花嫁は、うつくしく、いとおしく、はかなく。僕が手を伸ばすと、
「捨ておけ。冥婚はなった」
と、女当主が笑った。それを聞こえないふりをして怜子を抱き起こし、もう一度、花嫁の席へ座らせたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!