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第20話 ばりばりと
術をとかれてはっきりとした頭で思うと、女当主には妖しさが満ちていた。
そもそもよく考えれば、怜子の叔母にあたるわけであり、相応の歳であるはずなのに、不気味なほどに若い。
彼の法集団の流れをくんだ呪術でもって若さを保っているのではないかと思われもするが、その美しさにはどこか饐えたような、腐敗した悲しさが感じられた。
敵意を悟られぬように、吐き気を気取られぬように、屋敷の奥、女当主の居室のそばにある控えの間で、みき様、明石、自分とで並んで座る。やがて、待たせたな、と現れた女当主は、熟して落ちかけた椿の花のような甘く濃密な香りをまとっていた。平安貴族が体臭を隠すために使うお香に似たそれは、しかし、死臭じみた何かを隠しきれていない。
「呼び立てたのは、ほかでもない」
ならんで座る三人を眺めながら、腰も下ろさずに問いかける。
「東北の件は聞いたぞ。 たいした力もなく、一族の恥さらしだったが、殺されたらしいな。光雄の報告では、覆面だか頭巾だかを被っており、人相もわからなかったというが、明石、おまえ、なにか知らんか」
「知りませんな。火伏せりをみておりましたので」
「おお、そうだったな。そうだったか。だが、 まがりなりにも一族に連なる男よ。下手人もまた異能の持ち主であろう。もう一度聞くぞ、なにか心当たりはないか」
「残念ながら、ありませんな」
いけしゃあしゃあと涼しい顔で答える明石に射抜くような視線を送り、じっと黙ったままの女当主だったが、しばらくの沈黙を経て、
「ふん、まあよい」
と応じた。
それで、火伏せりの方はどうだったか、との話になり、もう日がないといったことが頻りにとりあげられていたが、そんなことはどうでもいい気分で、頭に浮かぶのは怜子のことだけだった。いったいいつから会ってなかったか、元気でいるのか、どうしているのかとそればかりが。
やがて、二、三の指示を終えた女当主が退席し、屋敷の者と金や物やの生臭い話をしながら食事の振る舞いとなった。
師匠も明石も、表面的か、本心か、食事を楽しんでいる様子だった。けれど、僕は、術を外してもらったからなのか、不安と焦りとが大きく、ほとんど箸が進まなかった。気分が悪いので先に帰ると告げて、明石には目で合図しつつその場を離れた。
すっきりした頭で屋敷のなかをみると、これまで気付かなかったのが不思議なくらい荒れていることがわかった。建物や庭木の手入れがされていないわけではない。ただ、まるで人が住んでいない場所のようで、どこにもあたたかみを感じられない、息遣いが感じられないのだった。不安を押し殺すようにして、僕は怜子の離れへ向かった。
その途中のことだ。
唯一、人の、いや、何者かの気配がして、灯りのともった部屋が目についた。もしかしたら、場所を代わって怜子が違う部屋にいるのかもしれない。そうも思い、なにより興味をひかれた僕は、そっとその部屋へ近づいた。
なかからは、なにかを食べている気配がした。ばりばりと。
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