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第5話 叔母と姪
それから、屋敷へ立ちよるたびに、怜子に会いにいった。なぜかはわからないけれど、しばらく会わないでいると無性に会いたくなる。
最初のうち、相手は〈お嬢様〉だという遠慮があったのは確かだ。怜子という名前を知っても、気軽に呼ぶことはできなかった。
しかし、真紀も歓迎してくれて、僕の小汚い姿をみかねて着物まで仕立ててくれた。そうして何度か訪ねていくうちに、だんだん遠慮もなくなり、怜子が何者か、その屋敷が誰のものかなんてことは気にもならなくなった。
外の話を聞きたがる一方、自分のことは語りたがらなかったけれど、それでも少しずつ怜子の家での立場もわかってきた。
女当主は彼女の叔母にあたるらしい。どうやら母親は、すでに亡くなっているようで、父親はどうしたのか、そのあたりはいろいろと複雑なようだった。
女当主のことは理屈なしに怖かったが、最初の日以降、遠目でみるほか、ほとんど会うこともなかった。もちろん、怜子のいる離れへ来ることもなく、決して仲の良い叔母と姪ではないようだった。
怜子は、いずれ一族の世継ぎを迎える立場であり、女当主は仮の後見人のようなものだったが、そのころの僕は、そうしたことは何もわかっていなかった。たぶん、怜子も。
屋敷のなかでは一番、もしくは次に偉いと言ってもいい〈お嬢様〉は、しかし、活発で元気のいい、ありていに言えば、おてんばな娘で、屋敷の外へは出られなくても、広い敷地内のあちこちを探検したり、ときには物を壊したり、余計なことをしては、僕と一緒に叱られた。
女当主は、そうしたことに興味はないのか、なにをしようと関わってくることもなく、真紀や古参の使用人らに叱られるのだが、怜子は下を向いて反省しているような振りをしながら、その実、僕の方を横目でみて、こっそり笑っているのが常だった。
こうするのよ、ああしましょうと悪だくみはいつも〈お嬢様〉からで、いたずらが上手くいったときには、声をあげて二人で笑い転げたものだった。怜子は無表情なときは無表情だが、笑うときにはこれまたよく笑うので、一度、こんなに大声で笑うなんて、本当に〈お嬢様〉なのか、と聞いてやったことがある。
なぁに、お嬢様はこんな風に笑うことはないとでも?
と、笑いながら応じていた怜子だったが、ふいと真面目な調子になって、
あいつの前では笑わないわ。絶対に。
と、つぶやいた。女当主のことかと尋ねると、
そうね。あの、くそったれ!
と吐きすてた。思わぬ言葉に驚かされ、怜子をみつめると、ばつが悪そうに、
下品な言葉ね。あんたのせいよ。
と応じて、あは、と笑ってみせた。もし、その言葉を聞いたのが今の僕であれば、すこしは彼女の助けになれたかもしれない。
でも、そうではなかった。
いまでさえ、この世の出来事に抗うことができない無力さを感じるというのに、無力さの塊のような子どもに何ができただろう。
でも、子どもは何かをしようとする。
彼女は彼女なりに、僕は僕なりに互いを守りたかった。それがまた互いを縛りつけてもいたのだけれど。子どもであれ、大人であれ、情愛は、人を守りもし、縛りもする。
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