第1話 冥婚の儀

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第1話 冥婚の儀

 しゅくしゅくと蒸し暑く、さらさらと静かな夜に祝言(しゅうげん)をあげた。蝋燭(ろうそく)の炎が無言の人々を照らしだし、怜子の前に一列、僕の前に一列、横向きにならんだ人々の列は途切れることなく続くかに思えた。  この日から一族の端くれに加えられたのだけれど、嬉しさはひとつもなかった。  きみと聞いた(せみ)の鳴き声すらきこえない夜に、きみとひきかえに得たものは、くだらない家名だけだ。  みしり、畳が音をたてる。  だれかの咳払いと姿勢を正す所作(しょさ)が妙に響いて、とくとくと鳴る心臓の音にまざった。きみのことを役所へ届けでるまえに、冥婚(めいこん)の儀を終えなければならない。  だれもかれもが黙ったまま、式だけが進んでいき、三三九度(さんさんくど)(さかずき)をかわす段になった。  女当主が、赤い(さかずき)に酒を満たす。とくとくというその音が耳障(みみざわ)りだった。  文字どおり、華のない、静かで暗い祝言。  僕が少し飲んだ酒を受けとり、女当主が怜子の唇にあてる。ぞんざいで冷たいような手振りが気に喰わない。  案の定、口もとから胸もとまで、透明な液体が怜子を(けが)すように流れ落ち、華奢な体がぐらりと揺れて、よこざまに倒れてしまった。ごつんと音をたてたように思える。  角隠(つのかく)しが外れて、怜子の黒髪があふれていた。  無言の花嫁は、うつくしく、いとおしく、はかなく。僕が手を伸ばすと、 「捨ておけ。冥婚はなった」 と、女当主が笑った。それを聞こえないふりをして怜子を抱き起こし、もう一度、花嫁の席へ座らせたのだった。
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