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長い話
里が王国に併合されたのは百年ほど前のことでした。
その前には里はどこにも属さず、独自の文化がありました。その文化はほとんど廃れていきましたが、夏の祭りだけは行われてきたのです。
祭りでは、御馳走や酒や踊りを楽しみ、夜には花火があがります。
「どこにでもある祭りのひとつだと思ってました」と、ウィルは暗い面持ちで語っていきます。
祭りが続けられてきた理由を知らず、里では喪に服すために祭りが中止となりました。
それから里ではおかしなことが起こりだしました。
赤子が、夜泣きが収まらない赤子が魔物に変わるようになったのです。
毛むくじゃらで牙をむきだす我が子に、親たちは驚きながらも愛情を注ぎ続けました。
しかし、親の疲労はたまっていきました。普通の子守りでも大変だというのに、変身した赤子は夜泣きのたびにかみついたり、ひっかいたり、駆けまわり荒ぶるのです。気がおかしくならないわけがないでしょう。
親たちはやむをえず里はずれのオババに相談しにいきました。
オババは二百年以上生きているという噂の魔女です。長命なのは不老不死なのか悪魔と契約したのかわかりませんが、うす気味悪いので人はなかなか近づきません。ときおり人里に姿を現すので、人々はオババの存在を知ってはいました。
さて、相談してみると、オババは「あんたたち、里で花火をあげる理由を知らんのかい」と、あっけにとられた顔をしました。
それを聞いた親たちもあっけにとられました。理由があったなんていままで耳にしたことはありません。
「嘆かわしや。教えてやるからもう忘れるな」と、オババは里の歴史を教えてくれました。
聞いて驚いたことに、里の人々の祖先は魔物と人間の間に産まれたものたちでした。
その魔物には火の属性があり、熱い夏になると力を増す特徴がありました。なので、そのものたちは人間の形をしていても、夏だけは魔物と化し、我を忘れる状態だったのです。
しかし、いまはそのような化物になることはありません。
それは、長い年月の間に人間の血が濃くなったからと、花火のおかげでした。
遠い昔、夏の夜に花火を見たものたちは、なぜか人間のままでいられたそうです。
花火を綺麗だと思える人間ならではの感情を刺激するからか、浄化作用があるのか。理くつはオババでもわかりませんが、夏に花火をあげる風習が残っていったそうです。
今年の夏、花火をあげなかったことで、赤子は魔物となりました。赤子は人間の理性が未熟です。火がついたような夜泣きをきっかけに、わずかな魔物の血に火がついたのを抑えられなかったのが、魔物になった原因でした。
「だから、花火をあげれば問題は解決する」と、オババはやすやすと言いました。
でも、親たちは悩みます。国全体で喪に服しているなかで、花火なんてあげられません。
もちろん、他の解決方法をたずねました。けれども、オババは「これ以上は知らん」とつっぱね、親たちはしぶしぶ里へと引きあげました。
どうしようかと、大人たちは集まって相談しました。
しかし、答えをだすのには難しい問題です。決まらないうちに、その日も夜がきて泣きだした赤子は魔物に変貌しました。
「なので、私が勝手に花火をあげました。私だけがやったのです」と、ウィルは長い話となった供述を終えました。
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