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本日のメニューは、ハンバーガーである。
ユーアのリクエストに応えた品だ。
挽肉のパティを丸いバンズに挟んだサンドイッチ。
これまでもおやつ程度に提供してきた食品であるが、
おやつ程度にしか提供できなかった品である。
ユーアの食事量は圧倒的だ。
明確に主食とおかずに分かれた献立や
食材を後からばんばん追加できる鍋物に比べ、
一つ一つに手間隙かけたサンドイッチは
量を用意するのに向かない。
「とはいえ、できないわけでもないわ」
数日前。
第三波のバンズの焼き加減に気を配りつつ
第四波のバンズの生地をこねるレクテンが言った。
ここ数日、彼女はバンズの生地を発酵させては
石窯で焼くことを繰り返している。
「こうしてあらかじめバンズさえ大量に用意しておけば
具材は焼き肉のように焼きながら用意すれば良いのよ」
「なるほど、各自で挟んで食べるわけですねー、うまそうです。
バンズなくなったらどうします?」
「そうならない量を用意するわ、
食べ尽くせるものなら食べ尽くしてご覧なさい」
「まぁ、バンズくらいなら
私が異世界から呼んでも良いしねぇ」
そう、手作りの焼き立てにこだわらずとも良いなら
ミツリの魔術でおかわりを呼び出すことも可能だ。
今回ばかりは出番はないだろうが。
それほどの数のバンズをレクテンは焼いている。
サイドメニューはフライドポテトとチキンナゲット。
ユーアの話ではハンバーガーにはこれらが欠かせないらしい、
ユータローも似たメニューを欲しがったことがあるので
日本における伝統か何かなのだろう。
時間をかけて万全の準備を整えた。
好きな具材を好きな味付けで食べ放題、
ハンバーガーパーティーの始まりだ。
このメニューは、ご機嫌取りでもある。
「時間ね」
十九時を指し示した時計を確認し、レクテンがつぶやいた。
「向こうから時間は確認できるんですー?」
「自分で作った振り子時計とか持ってたはずだから
大丈夫だと思うよぉ。
確かこっそり腕時計も隠し持ってたはずだし」
「時計ばかりは『アイテムボックス』に
放り込むわけにもいかないわね……
時間が止まるのも考えものだわ」
スフィアにおいても一日は二十四時間である。
機械式の懐中時計などならば
まだ腕利きの職人に特注させた品とでも言い訳が立つかも知れないが、
クォーツ式の腕時計を森の外で見られては事だ。
小さく軽く衝撃にも強い異世界の時計だが、
それだけに大勢の人目を引くだろう。
ミツリの秘匿を思えば、森の外で見せびらかすわけにはいかない。
大抵の品は『アイテムボックス』にしまっておけば
そうそうバレることなどあり得ないが、
時計でそれをやるわけにはいかなかった。
時間の流れが止まる異空間では、
表示時刻がまさに刻一刻とずれていく。
離れた土地で時間を共有するためには選べない選択肢だ。
基本的に起きている間は手放さないショートソードを抜いたレクテンは
透き通った緑の刃を持つそれを
無造作に四回振って四角形を作った。
その軌跡を四辺とし、やや歪な漆黒の四角形が虚空に浮かび上がる。
この魔術をあまり見慣れないユーアが「おー」と声を漏らした。
かつて偶然に見出された、
今のところレクテン以外に使い手のいない魔術
『ワープホール』である。
空間に開いたこの黒い穴の向こう側には
対となる白い穴があり、それをくぐることで
離れた場所を自在に行き来することが可能だ。
正直なところ『テレポート』でなく
こちらを使う利点が普段はあまりないため
せっかくのオリジナル魔術はあまり日の目を見ないが、
今日に限ってはこれを使うことに意味がある。
「ちなみにこれ、どこに繫がってるの?」
「以前案内された私室、ウォークインクローゼットの奥ね」
「なるほど、人がいるかも知れない執務室とかに
いきなり穴が開いても問題──お」
黒い穴の奥から、淡くゆっくりと明滅する
こぶし大の球体が現れた。
ふよふよと辺りを漂い、ぐるりと居間を見渡しているかのよう。
この光球が何なのかを知らないレクテンだけは
目を見開いて剣の切っ先を向けるが、
ユーアも、ゴルタも、もちろんミツリも
特に動揺することはなかった。
「大丈夫ですよー、レクテン。
『ティンクルスター』は偵察用の魔術です。
今、見られてますよー」
「『ワープホール』とおんなじだねぇ、
使い手は一人しかいない。──マリ姉だよ」
ミツリがそう言うが早いか、
すべての光を呑み込む暗い穴の奥から
ぬるりと人の顔が浮かび上がった。
ややしわが目立つ、それでもなお美しい顔。
ミツリの姉弟子、マリナである。
「なるほど、興味深い魔術です。
明らかに構成が『テレポート』とは異なる、
研究したいですね──
招待ありがとうございます、ミツリ、レクテン」
「やぁマリ姉、何日かぶり」
「マリナ様、ご無沙汰しております」
「私らも居ますよー、マリナさん」
わふっ。存在を主張するように足元に擦り寄るゴルタを撫で、
マリナは居間へと降り立った。
珍しく緊張を自覚するミツリ。
世間でどのように語られているかは知らないが、
ミツリからしてみればミツバヤシの氏族は
どいつもこいつも末のミツリに甘い連中である。
ちょっと異世界の菓子などちらつかせつつ
両手を合わせて頭を下げれば
どんなお願いでも聞いてもらえたものだが──
「何やら相談事があるそうですね?」
「うん。まぁ、まずは食事にしようよ。
ハンバーガーだよ」
まずはレクテンの料理で、気分良く満腹になってもらおう。
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