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六十九話 降臨!据置型ゲーム機
曲目は主に異世界、日本のもののうち
レクテンが気に入っているもの。
今歌っているのは、土産にもらったサイコロを振りつつ
それを譲ってくれた老いた博徒を思う歌である。
「レクテンもミツリも曲の趣味が渋くねーです?」とはユーアの談。
私室にてふんふんと機嫌良く鼻歌を歌いながら、
レクテンは試し刷りした写真をためつすがめつして
にへらと頬を緩ませた。
先日召喚に成功した『コンパクトデジタルカメラ』と
『インクジェットプリンター』、
この組み合わせは素晴らしい。
『インスタントカメラ』で撮った写真にも独特の味があり好きだが
単純に写真の大きさと精細さではデジカメが圧倒的に上を行く。
レクテンとしてはそれが楽しくてたまらない。
一時期は狂ったようにミツリばかり撮っていたが
デジカメを手に入れた頃にはその他の被写体も増えており
写真の内容はなかなかバリエーションに富んでいる。
一番多いのはミツリ。
己の欲望の赴くままに撮る、撮る、撮る。
なんだかんだ素直に付き合ってくれるミツリには感謝しかない。
次点はゴルタ。やはり美しい犬だと思う、
出来の良いゴルタの写真はミツリもそうだが、
ユーアが喜んでくれる。
実はユーアの分のカメラも召喚したのだが、
レクテンの方が撮るのが上手いからと
すでに何枚か出来の良いものを譲った。
ユーアとゴルタのツーショットなどは、ゴルタ自身も気に入ってくれたようだ。
くわえてよだれでベタベタにし、
急遽もう一枚印刷することとなった。
同じものを何枚も用意できるのも素晴らしい利点だ。
絵画ならこうはいかない。
他にもいろいろと撮ってはいるが、
その中で頭一つ抜けて多くなってきたのはロバジローの写真だ。
ミツリがこれを欲しがる。
関連書籍を召喚してもらい、
難しい日本語は辞書を引きながら詳細を調べ
ユーアが「ちょっとした『スタジオ』ですねー」と驚くような設備を作り上げた。
ミツリやユーアやゴルタならば、そのスタジオの中で
レクテンの望むままに協力をしてくれるわけだが、
人語を介さぬ畜生たるロバジローが相手では
文明の利器に頼り切るわけにもいかない。
日常を我が家の庭で気ままに過ごすロバジローに
用意した照明の前でポーズを取れなどと言って通じるはずもなく、
そこはレクテンが努力をする必要があるのだが、
これが思っていたより面白くもある。
望む画を作るために理想の天候を待ち、
ロバジローに警戒されない程度に張り付いて
絶好の機会をうかがう時間には
例えるならば釣りや狩猟のような充実感があった。
その甲斐あっての自信作『干したシーツとロバジロー』は
三日かからず手癖でばーっと描き上げたアクリル画
『バケツを転がすロバジロー』とともに
ミツリの部屋に飾られている。
レクテンがデジカメを手にしてから
まだそれほど多くの時間は経っていないが、
撮り溜めた写真の量は膨大である。
じっくり選別した画像の中から
印刷しても良いかと思うものを選び、
その中から写真用の高級紙に印刷して
作品に仕上げるものを選び抜く。
至福の時間であった。
心地良い疲労感を覚えながら、
レクテンは壁に飾った大きな額縁を見る。
題して『酒宴の席でのミツリ・ミツバヤシの肖像』──
いや、表題を付けるには気恥ずかしいものがある。
デジカメの扱いについてある程度の知識を付けてから、
晩酌の際に何気なく撮っただけの一枚なのだ。
だがそれが偶然にも好みの出来栄えに仕上がってしまった。
軽く入った酒精が良い働きをしたのか、
被写体たるミツリも変に強張っていない
自然な微笑みを浮かべてくれている。
文字通りの自画自賛ながら、何度見てもとろけるような気分になれる写真だ。
もはや森の外に出るつもりは毛頭なく、
自分たちの関係を声高に喧伝する気もないが、
それはそれとして自慢すらしたくなる。
見て。私の恋人の可愛らしさを見て。
写真にしろ、絵画にしろ、
この作品を超えるより良い一枚を作りたいものだ。
そう気持ちを新たにしつつも、
この傑作をもっと深く楽しみたいとも感じている。
一枚の画像を四分割することで
でかでかと印刷した。
プリンターの縮小コピーなる機能を使い
ペンダントに仕込める大きさのものも用意した。
ならば今度は画像データに対し
印刷という一手間を加えることなく
撮影したそのままを鑑賞してみたい。
プリンターの設定やインクの残量によって
時に印刷物が劣化することはすでに何となく把握している。
撮影した作品を、より純粋なままで。
そのためには──
「でっかい『デジタルフォトフレーム』かぁ」
「召喚してもらえないかしら」
ユーアはゴルタを引き連れて風呂に入っている。
先に入浴を済ませたレクテンとミツリは
小さめの『堅焼き煎餅』をかじりつつ麦茶を飲んでいた。
あらかじめ召喚を依頼する頭出しはしていたので、
夕食でも今でも酒は飲んでいない。
酒精それ自体が魔術に悪影響を与えるかどうかは諸説あるが、
その真実がどうあれ、魔術とは頭で考えて使うものなので
頭の働きを鈍らせる酒精はどのみち魔術には害である。
「実際の印刷物に近いサイズで画像を確認できれば
印刷する写真の出来栄えもより良くなるはずよ。
メリットはあると考えているのだけれど」
「や、別に良いんだよ?
レクテンちゃんが欲しいならお安い御用さ。
でも、そのための魔力を支払うのはレクテンちゃん自身なんだから。
そこそこしんどい召喚になっちゃうと思うけど?」
「大丈夫、承知の上よ。
一度『デジタルフォトフレーム』自体は
召喚に成功しているわけだし、
私も一昨日から魔術の使用を控えて早めに寝ているわ」
「コンディション万全に整えて来たかぁ。
そこまでの覚悟があるなら、
私としても応えてあげないわけにはいかないね。
よっしレクテンちゃん、さっそく行ってみようか!」
「ええ、お願い!」
仮に身体に負担がかかるとしても、
今日に関しては後は寝るだけだ。気楽なものである。
ミツリの右手から、青白い稲光が放たれ──
「上がったですよー。麦茶くださーい、ゴルタの分もー」
首にタオルを引っ掛けたユーアと
全体的にしっとりしたゴルタが居間に戻って来る。
レクテンとミツリは慌てて彼女を呼び寄せた。
「あぁ、ユーアちゃん!待ってたよぉ!」
「はい麦茶!で、これを見てもらえないかしら?
大きな『デジタルフォトフレーム』を
召喚してもらおうと思ったのだけれど──」
「はい?あ、いただきます」
ゴルタは飲み物を持ち歩けない。
皿に麦茶を注いでやろうとしたが、
主人が呼び出された理由の方に興味があるようで、
飲み物を拒否してへっへと笑いながら付いてくる。
コップの麦茶を一息に飲み干したユーアが
おかわりに口をつけつつ、
ローテーブルの陰に隠れていたそれを覗き込んで
結果、盛大にむせ返った。
気管に麦茶を注ぎ入れてしまうほどの驚き。
「──けほっ、え、『液晶モニター』じゃないですか!?」
「やっぱりそうなのね!?いや、そう書いてあったけれど!」
「うっかりと最終目標呼び出しちゃったなぁ……」
そこには異世界の緩衝材『発泡スチロール』に収まった
黒くて平べったい大きな板──
『液晶モニター』が鎮座していた。
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