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「ん……」
まだ目は閉じたままだが、レクテンは意識を取り戻した。
なかなかすっきりとした気分での目覚め。
全身を構成するマナが新しいものに入れ替わったかのような、
不思議な快調であった。
寝返りを一つ打ち、今日の予定を考える。
日課としている朝の剣と魔術の訓練だが、
今朝は控えめで良い。それも、剣術のみにしよう。
魔術の使用は──魔力の消費はなるべく控える。
そして、朝食は消化の良いものを中心に量を用意したい。
しっかりと体力をつける必要があるだろう。
身体にかかる負荷は未知数だ。
いよいよ今日、『据置型ゲーム機』を──
ゲームに特化しているというだけで、
本質的には『コンピューター』の召喚を試みる。
英雄ユータローが神のごとくその力を語り、
しかし──いや、だからこそか、
ミツリに召喚させることを最初から諦めて
今日までこの家に存在しなかった品。
上手く召喚に成功できれば、
ミツリが「何が『できない』のかわからない」と称した
その万能性の片鱗を知ることができるはずだ。
レクテンが気に入っているデジカメだとかプリンターだとかは
『コンピューター』の介在を前提として作られている。
ユーアが言うには「パソコンがなくてもカメラと直接連携できるタイプですねー」だそうだが、
それは特殊機能であり、通常は存在し得ないものである。
彼女の口ぶりからはそんな事実がうかがえた。
正直、何ができるようになるかはよくわからないが
それでもより便利に使えるようにはなるのだろう。
ならば、いずれは『コンピューター』を所有してみたい。
そんな野望を内心抱く手前、
ここでつまづいてもいられなかった。
ミツリのための魔力タンクの役割、一つ気合を入れてこなそうではないか。
「よし──やるわよ」
決意も新たにレクテンはかっと目を開き、
勢い良くベッドから身を起こす。
辺りはすでに暗くなっていた。
「…………はっ?」
間抜けな声を上げるレクテン。
時計を見れば時刻は六時近く。
普段の起床時間ではあるのだが、部屋は真っ暗だ。
朝の薄暗さではない。夜の闇である。
「いったい何が──」
つぶやいたレクテンをさらに驚かせたのは
自室のすみで明らかに何かが動いた物音。
それはちゃっちゃっちゃと床を鳴らして歩き、
照明に繋がるスイッチに向かって大きくジャンプし、
体当たりでもってレクテンに視界を取り戻させる。
明るくなった部屋でへっへと笑っていたのは
黄金の毛並みを持つ大型犬、ゴルタであった。
「ゴルタさん」
あおぉぉぉ〜〜んっ。
レクテンへの返事にしては大きく長い遠吠え。
事実、受け答えではなかったのだろう。
一階からこの部屋に向かって、ばたばたと駆け上がって来る音が聞こえる。
「レクテンちゃんっ!」
「レクテン!」
果たして、ミツリとユーアが血相を変えて
レクテンの部屋に飛び込んできた。
「レクテンちゃん!良かった、目が覚めたんだ!
大丈夫?私のことわかる?」
「ミツリさんを忘れるはずがないじゃない。
……私に何かあったの?
体調に問題はなさそうなのだけれど、
半日近い寝坊は普通じゃないわ」
「……半日?寝坊?」
「あー……。ミツリ、欠乏症です。
結構重いやつです」
「なるほど!レクテンちゃん、落ち着いてね。
まずは自分の名前から言っていこうか」
「──いえ、大丈夫。察したわ」
真剣な顔で切り出されたミツリの提案を、
レクテンは静かにかぶりを振って制した。
主に魔術の使い過ぎで発症する魔力の欠乏、
その症例はかなり詳細に記録されている。
それも当然であろう。人類の歴史は魔術とともにあり、
臨床記録に困ることはなかった。
これにはある程度のレベルまでならば、
欠乏と回復を繰り返すことで
短期的に魔力量を拡張させられることも影響している。
割と早々に限界が来るので、ミツリの瞑想のような
別の訓練が必要になるのだが。
危険な状態として挙げられるのは
一時的かつ部分的な身体の麻痺、
強烈な嘔吐感、そして意識の喪失である。
肉体的にはあくまで健康的な反応であると考えられているが、
吐瀉物による窒息が危険視されている。
実際、年に何例かは報告される事故である。
が、欠乏症はそこで終わりではない。
さらに重い症例は存在する。
理論上起こり得るというだけであるが
究極の最終段階として肉体の消滅。
それよりはだいぶ現実的なラインで
身体の一部、特に末端部位の欠損。
そんな重症よりはだいぶましなケースとして
記憶喪失がある。
「……もっとも、自分が誰かもわからなくなるような
典型的な記憶喪失は歴史的にも例がない。
最長でも至近一週間程度の記憶が失われるのだったわね」
「うん。どのあたりまで覚えてる?」
「昨晩、眠りにつくまでははっきりと覚えているわ。
自分の認識としては今、今日が始まった状態。
……けれどこの様子だと、すでに私たちは」
「うん、『ゲーム機』を呼び出した。
必要なものは全部呼べたんだけど、
その後レクテンちゃんが倒れちゃったんだ」
「七時間くらい寝てましたねー。
今日の記憶はないわけですか……
いや、目覚めてくれて良かったです。
さすがに自分を許せなくなるとこでした」
「心配をかけたわね、ありがとう。
……そう聞くと急におなかが減ってきたわ」
レクテンがさすった腹がくう、と小さく鳴った。
予定通り進めたのなら召喚は昼前だったはずで、
ならばレクテンは朝食以降食事を取っていないことになる。
「よぉし、ごはん食べよう。
そして今日はもう寝るんだレクテンちゃん」
「安静にするから勘弁して、体調に問題はないわ。
今の今まで寝ていたのよ」
「記憶もそのうち戻る場合もあるみたいですし、
何にせよまずは補給が大事だと思いますねー」
レクテンはもちろん、ミツリもまったく気にしていないだろうが
自分の希望がこの事態を招いたとでも思っているのか
ユーアの提案は控えめだった。
「食事が終わって、その上で問題がなさそうなら──
召喚の成果を試してみませんか?」
これにレクテンは頷く。
具体的には覚えていないのだが、
苦労して召喚した異世界の品。ぜひ体験してみたい。
「むしろこちらからお願いしたいわね。
どのようなものか見せてもらいましょう」
「むぅ、誰が悪いという話でもないけど
今のテンションでちゃんと楽しめるかな?」
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