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「到ぉぉぉお〜〜〜〜──」
沈黙。
「───ん着っ!!着いたぞレクテンちゃん!
初遭遇であえなく撃破されてから
再会までの道中で力尽きること七回!
ようやくボスの前まで戻って来た!」
パズルゲームは一段落、
遊んでいるゲームはアクションなるジャンルに移っている。
プレイヤーは自分の分身たるキャラクターを操作し、
飛んだり跳ねたりといった動作をさせ、
敵や地形のような障害をクリアしていくというもの。
ユーアの話では、このタイトルは日本でも
高い難易度を誇ることで話題となったという。
実際、コントローラーを握るミツリは
強敵との一騎打ちに至るまでのの道中で
何度も何度も自キャラを死なせてしまっていた。
それでもミツリの心がまったく折れる気配を見せないのは
ただただ難しいばかりでもない、理不尽さも薄い、
諦めず繰り返していれば上達する絶妙な難易度に加えて
剣と魔術でもって敵を倒しながら進む舞台設定も大きいのだろう。
とても一人では倒せない無数の兵に、
あるいは恐ろしく巨大なモンスターに、
己が身体ひとつで立ち向かう──
それは彼女が憧れ、未だ敬意を失わない
師ユータローの英雄譚そのものだ。
「もう歩きたくない、負けたくないよぉ!
軍師レクテンちゃん!なんか作戦!
次であの牛野郎をぶっ潰す!」
「任せてミツリさん、我に必勝の計あり!
初戦では塔の上から別の敵に矢を射掛けられたでしょう?
あれを先に倒しておきましょう」
「そしたらあの牛野郎が助けに来ない?」
「いくら異世界の産物とはいえ、
これはあくまでゲームよミツリさん。実戦ではないわ。
あの牛のモンスターも所詮はゲームの駒、
そこまで臨機応変に対応はしてこないと信じたい。
射手を倒したら牛を誘い出して、
そうしたらすぐに全力で引き返して」
「いきなり逃げるの?」
「勝つための転進よ。牛が追いついて来る前に、
また塔の上に登るのよ。
あの牛が巨体かつ二足歩行をするといったって
塔の上までは武器も届かない。そうしたら」
「今度は逆にこっちから、ミッテンの魔術で射殺すわけか!
いいよレクテンちゃん!
思ったより完璧な作戦で軽く引くよぉ!」
「もっと褒めてちょうだい」
『ミッテン』とはミツリが自キャラに付けた名である。
「体力が低いから道中厳しくなりますよー」という
ユーアのアドバイスを蹴り、魔術師の生まれである。
「二、三回斬られたら死にますよー」とユーアは言ったが
それは人として当然だと思うので、レクテンはミツリの意思を尊重した。
鎧に身を固めた戦士や騎士を選んでいたら、
もう少し早く再戦できたのかも知れない。
「牛来たぁー!くそう、畜生の分際で
一丁前に斧なんぞ使いやがって!
お前なんかラン姉の足元にも及ばないんだからなぁー!」
「あー、体格ならランさんといい勝負ですねー」
「え、『狂戦士』ラン様よね?こんなに大きいの?」
「いやさすがにここまでデカくない!
私がレクテンちゃんに肩車してもらって
それより頭半分大きいくらい!」
「えっ、それ本当に人間──」
「っしゃー!登ったー!」
牛の頭をした巨人の怪物に追いつかれる前に
画面の中のミッテンは塔にかけられたはしごを登りきった。
敵は心なしか悔しそうにこちらを見上げている気がする。
「よ、よし!今よミツリさん、撃って!
あいつが倒れるまで撃ちまくるのよ!」
「やらいでかぁ!これぞミツバヤシの教え!
『遠くから一方的に殴れ』だぁ!」
ミッテンが杖から光の矢を打ち始め、
敵の体力を示す目盛りが順調に減っていく。
その残りが七割くらいになったころだろうか。
「……ちょまっ、跳んだァァァ!?」
「えええーーッ!?」
人がはしごで数秒かけて登るような高さの塔の上に
助走もない垂直跳びで飛び移ってきた怪物は、
お返しとばかりに大斧を振り回して
ミッテンの命はまたしても断たれた。復讐は成らず。
「で、どうですかねー?
日本のゲームは面白かったです?」
「最高だった」
「本当に面白かったわ」
浴槽の湯を沸騰させるわけにもいかない。
入浴をきっかけにプレイを中断したレクテンたちは
思い思いの飲み物を片手に『コンピューターゲーム』の感想を語る。
「絵は綺麗だし、臨場感すごいね!
特にあのアクションゲームは良かった、
お師匠様や兄さん姉さんになった気分だったよぉ」
「あんな感じの冒険してきたんですかねー」
「ユーアさんも似たようなものではないの?」
「かも知れませんが、私はヤクザ殴ってた期間のほうが長いんで
印象深いのはそっちなんですねー。
レクテンはどうでした?」
「面白かったし、『コンピューター』の性能の片鱗も見せてもらったわ。
確かにこれは……すごいわね」
「そう?確かに人間のゲームマスターじゃ
逆立ちしても遊べなさそうなゲームだけど」
「ええ」
ミツリの疑問に首肯する。
彼女はゲームがもたらす体験の方に気が向き
パズルゲームとアクションゲームの差異を
それほど気にしていないのかも知れない。
だが、あのアクションゲームなるものは
予想外にレクテンを驚かせた。
「パズルゲームも、すごいことには変わりないわ。
私とミツリさんがそれぞれ好き勝手に操作する
コントローラーからの入力を瞬時に判断し、
正確に画面に反映させる。
膨大な計算を素早くこなす必要があるでしょう。
……それでも、平面上のことよ。
落ちて来るブロックは上下左右に動くだけで、
私たちはそれを常に正面から見る」
最初に手にしたあの『落ちものブロックパズル』ならば
ルールは極めて単純だ。
ゲーム上のあらゆる判断を自動でやってくれるから凄いのであって
計算速度を度外視すれば、手動で再現はやってやれなくもない。
隙間を開けたガラス板の間に、磁石のブロックでも落としてやれば
卓上ゲームに落とし込むことは可能かも知れない。
「けれど、あのアクションゲームとやら……
あれには明らかに奥行きがあった」
「あー、『3Dアクション』ですからねー」
知らない言葉をユーアがつぶやいたが、
なんとなく言わんとする意味は察する。
アクションゲームには奥行きの概念があった。
舞台も登場人物もすべてが現実のように立体的で、
しかもその疑似的な世界を見つめる『目』、
どこから覗いた絵を画面に映すかを選択する『視点』は
キャラクターを中心に自由自在に操作できた。
基本的に『視点』はキャラクターの後ろをついて回る。
キャラが生きた敵を無視して通り過ぎれば、
敵は画面外へと消えて映らなくなる。
だが、それは敵という存在が消滅したことを意味しない。
およそ現実世界における殺し合いの相手がそうであるように
自分の目に映っていようがいまいが
敵はこちらを殺そうとその背中に武器を振り下ろしてくる。
恐ろしいことだ。
プレイヤーがキャラクターをどう操作するか、
その結果キャラクターはどこに移動するか、何をするか、
それを受けて無数の敵キャラ一人ひとりは
どのように反撃を試み、誰が返り討ちにあったか、
そしてそれらのやりとりはどこから見られていて
モニターの画面にはどう描かれるのか──
膨大という表現では生ぬるい壮絶な量の計算を
あの『ゲーム機』、つまり『コンピューター』なる代物は
人間を一切待たせることなく平然とこなしてのける。
レクテンは自分の顎先を撫で、やがて言った。
「ユーアさん……あのゲーム機に、全力で、
私が望んだ計算だけをやらせるゲームはない?」
「やー、それはもはやゲームじゃないと思いますねー。
それこそコンピューターとプログラムの世界でしょー」
「だねぇ、計算だけなら『電卓』あるじゃん。
レクテンちゃん、何かやりたいことがあるの?」
そう問われ、レクテンはカーテンで覆われた窓、
その向こうにあるはずのユータローの墓標に目を向ける。
「『コンピューター』の、まさに人外の計算速度……
ユータロー師の魔道具と相性が良さそうなのよ」
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