七十話 Hello, magic item world!

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七十話 Hello, magic item world!

耳掃除をされている間は意地でも寝ないミツリだが、 裏を返せば耳掃除が終われば寝る。 それはもう遠慮なく寝る。 この日もレクテンの太ももを枕にソファでまどろんでいた。 レクテンが何やら難しそうな日本語の本を手繰る音と ユーアがぴこぴこ遊ぶゲームのBGMが ちょうど良い子守唄である。 ふと気付けばミツリの身体は縮み、 頭を預けるのはレクテンの柔らかな膝枕ではなく ユータローの痩せ筋張った脚となっていた。 「──で、はるばる海を渡った連中は  その先で出会った先住民をぶっ殺して回って  住んでた土地を奪い取ったり  とっ捕まえて奴隷にしたりしたわけだな」 「ひどい話ですねぇ」 「おお、ひどい話だ。……だが、だからって  そいつらにネチネチと小言を言えるかっつーと  正直微妙に抵抗がある。  ……彼らが偉大な冒険者であるのも間違いない、  野望と使命を胸に、命懸けで外海を渡ったんだ。  必死でたどり着いた新大陸に、  けれども先に住んでた奴らがいた──  だから何だ?」 膝に乗せたミツリの頭を猫か何かのように撫でつつ ユータローは困ったように続けた。 「起きて半畳、寝て一畳ってな。  人間生きてりゃどうしても居場所が必要になるんだ、  精神的なあれじゃないぞ、物理的に空間が要るって話だ。  誰のものでもない土地は、それだけで宝だよ」 「誰のものでもない……?  先住民が居たんですよね?」 「だから殺した」 程度の差はあれ仲間の生きる場所と、 言葉も通じない異民族の命では 比較にもならないとユータローは言った。 ミツリとしても同意するところである。 「でも、ひどい話ですねぇ」 「おお、ひどい話だ。なんのかんの擁護したって  結局は未成熟な共同体のやることよ。  文明的な現代人を自認するんであれば  二度とやらかしてはならない過ちだな」 「同じ人間同士、手に手を取り合って  力を合わせるのが大事ですね」 「ん〜……尊い、尊いんだが、  地球じゃそれも良し悪しでなあ……」 膝の上から師を見上げる弟子の平和な結論に、 しかし師は奥歯に物が挟まったような顔で難色を示す。 「わざわざ住んでる領域飛び出して  出会ってしまったのがそもそもの間違いだったとか  地球人類は枚挙に暇がないんだよなあ。  たぶんボブの太刀筋より多いんだよなあ」 「えぇ……?そんな、出会っただけで失敗とかあります?」 「病原菌──あくまで自分らは克服してる瘴気を  汚染されてない地域に無意識にばら撒いて  一大パンデミック」 「えぇぇ……?」 「連れてきた猫一匹が  その島にしかいない貴重な生物を  綺麗さっぱり狩り尽くしちまったとか」 「そんなのあります……?」 至極真面目に語るユータローを ミツリは疑いの目で見る。 この敬愛する父親代わりは、割としょっちゅう嘘を付く。 数多くの叡智を生み出し使いこなす異世界人が そのような愚かな振る舞いをするものだろうか。 「なんだその目は、本当だぞ?  まあ理由は微妙に違うかもだが、  そういう歴史を経ていろいろ気にするようになってる。  靴の裏に付いた土と草の種とか、  でかい船が抱えてきた海水とか、  とにかく生き物が移動する気配をシャットアウトだ」 「何か意味あるんです?」 「あるとも。外来生物はその土地固有の生態系を  破壊するかも知れないからな。  テュハンの子供たちも、まさか自分の巣穴を  下水道に変えられるとは思わなかったろうよ」 ユータローの言葉はすうっとミツリを得心させた。 テュハンの森のモンスターたちからしてみれば、 自分たちは師の言うところの『外来生物』だ。 そして確かに既存の環境を破壊している。 「良くも悪くも、出会うだけで変わってしまうものがある。  いや、出会わなくて良いな。  見られるだけで、一方的に知られるだけで  俺らが思うよりずっと多くのものが変わってしまう」 遠い目をするユータロー。 「せいぜい最寄りの海岸を見失わない距離で  ちょこちょこ漁をするためのボートを  『船』だと思ってる原住民が、  外海を渡る三本マストのガレオン船を見たら、  それはもうとんでもない変化だ。  そいつらは知っちまう。  ああ、あんなに大きくても船は浮くんだ、  水平線の向こうには、あれを造った誰かがいるんだ──」 「教えを請いに外海に乗り出すでしょうか?  見様見真似で大型船を造り始めるでしょうか?」 「わからん。わからんから怖いんだな」 知るだけで多くを変えてしまう知識がある。 師は語った。人間は馬鹿ではない。 便利なものがあれば真似る。取り入れる。 今や地球人類七十億人は 総じてTシャツを着てジーンズをはくという。 その方が便利だからだ。 着やすく、脱ぎやすく、動きやすく、頑丈で、 出来合いの大量生産品を買えば繕う必要もない。 結果、様々な民族に固有の独特な衣装は失われる。 『伝統的』と称されるのに最も大切なのは、 他にもっと便利な代替が存在することだ。 「……お師匠様は、人々が狭い社会の中で  互いに関わりなく生きていくことを  理想だとお考えですか?」 「う〜〜〜ん……どうだろうなあ、  それが実現できれば平和なのかも知れないけど、  デメリットのほうがでかいかもなあ。  独自の文化、技術が発展する一方で  絶対的、総合的な文明レベルは落ちるだろうし。  何かの拍子に隣のコミュニティの存在に気付いたら  そっからもろもろ分捕ろうとする奴も現れるだろうよ」 そういった略奪者のすべてを 邪悪と断ずることはミツリにはできない。 仲間の幸福のために手を汚すことを選んだ ある意味での犠牲者かも知れないのだ。 三人に三人分の食料が与えられたなら、 一人ぶっ殺せば二人は腹いっぱい食える。 それは間違いなく事実であり、 あとは三人の関係性の問題である。 「そうだな……だからミツリよ。  最終的にはお前が決断することだし、  それをどうこうする権利は俺にはないが……  ただ、お前の力はそういうことが出来るんだと、  知られるだけで多くを変えることを、  知っておいて欲しい」
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