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「……自分、ダメですね。1つの事件に関わるたびにこんなに落ち込んでちゃ……。ガマさんみたいにさっさと気持ち切り替えられればいいんでしょうけど、自分には出来なさそうです……」
木場は自嘲したように笑った。ガマ警部は煙草を咥えたまま無愛想な顔で木場を見たが、不意に木場から視線を逸らして呟いた。
「……木場、事件当日にスタジオに行った際、あの飯島という俳優が言ったことを覚えているか?」
「飯島さんが言ったこと? 何のことですか?」
「奴は宮川という女優とのことで、緒方を憎んでいた気持ちを隠そうともしなかった。普通なら奴を犯人として疑ってかかるところだ。だがお前は、逆に奴の気持ちに共感し、奴は復讐のために殺人を犯すような男ではないと信じた。結果的にその読みは当たっていたわけだ」
ガマ警部はそこまで言うと木場の方に向き直った。少しためらった後、いかにも渋々といった様子で続けた。
「刑事の仕事は人を疑うことだ。被疑者に対する余計な感情などない方がいい。だが……今回の事件で少し考えさせられた。お前のように、人を信じるタイプの刑事が1人くらいいるのも悪くはないのかもしれん。まぁ……あくまで例外ということだがな」
「ガマさん……」
思いがけずかけられた暖かな言葉が心に染み、木場の涙腺が一気に緩んでいく。それを見たガマ警部が仏頂面で言った。
「……ほとぼりが冷めたらさっさと仕事に戻れ。事務作業が終わらんと言って後から泣きついてきても知らんからな」
ガマ警部が灰皿で煙草を握り潰すと、そのまま木場の方を見ずにさっさと署内に戻って行ってしまった。
「……はい!ありがとうございます!」
木場の元気のよい声が辺りに響いた。鉛が落ちたように重く沈んでいた心がいつの間にか軽くなっている。強面で、厳しくて、何かにつけて自分を怒鳴ってばかりいるガマ警部。それでもついて行きたいと思えるのは、時折こういう一面を見せてくれるからなのだ。
木場は大きく伸びすると、今一度空を見上げた。空は青く、どこまでも澄み渡っている。その光景は何も変わらないはずなのに、さっきよりもずっと明るく思える。
「……よし! 行くか!」
木場は気合いを入れてガッツポーズをすると、駆け足で署内へと戻っていった。
刑事ドラマの主役を張るにはまだまだ頼りないこの若き刑事。それでも彼には、彼を厳しく、そして暖かく教え導こうとする偉大な監督がいる。その監督の存在があればこそ、彼は自らの舞台に立ち続けることが出来るのだろう。
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