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数日間にわたる取り調べの後、麗央奈の身柄は拘置所に移されることになった。
護送車に向かう麗央奈の姿を、木場とガマ警部は署の入口から遠巻きに眺めていた。多くの警官に囲まれながらも背筋をしゃんと伸ばし、迷いのない足取りで歩く姿は、まるで家臣を従えた女王のようであった。そんな彼女の姿を木場はやるせない思いで見つめた。これでもう、二度と彼女の姿を目にすることはない。
「レオーナ!」
不意に後ろから聞き覚えのある声がした。木場が振り返ると、入口の自動ドアの前で、小幡が息を切らして麗央奈の方をまっすぐに見つめているのが見えた。それを見て、小幡の保釈日も今日であったことを木場は思い出した。
「レオーナ……」
麗央奈がゆっくりと振り返った。その黒い瞳が小幡を捉える。小幡は何か言いたげに口をぱくぱくさせた。あらゆる思いが彼の中を怒涛のように駆け巡り、その感情をどうにか伝えたいと思いながらも言葉に出来ずにいるのだろう。
麗央奈は小幡を黙って見つめていたが、不意に表情に影を落として言った。
「……ごめんなさい。あたしのせいで、あなたには大変な思いをさせてしまったわね……。あなたが庇ってくれたことに気づいていながら、あたしはあなたの言葉が嘘だと言い出せなかった……。一歩間違えば、あなたが罪に問われていたかもしれないのに……。本当にごめんなさい」
「い、いえそんな、僕はただ……」
「……でも嬉しかったわ。あなたは自分を犠牲にしてでもあたしを守ろうとしてくれた。それほどまでにあたしを想ってくれている人がいると知って……あたしは報われたような気がしたわ……」
「……レオーナ」
柔らかな、女神からの祝福のような微笑みを受けて迷いが吹っ切れたのだろう。小幡は表情を引き締めると、今一度麗央奈をまっすぐに見つめた。
「僕……ずっと待ってますから! あなたがもう一度舞台に戻ってくるのを! 何年かかってもいい。この先どんな女優さんが出てきたとしても、僕にとっての一番はあなただけです!」
思いの丈をぶちまけた小幡を、麗央奈は目を見開いてまじまじと見つめた。その表情が次第に緩んでいき、やがて瞳が潤み始める。
「ありがとう……」
どこか弱々しく、寂しげな微笑。木場もいつか見た、寄る辺ない少女のような微笑み。それは、大女優として生きてきた麗央奈の仮面が剥がれ、彼女の本心が顔を見せた最後の瞬間だった。
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