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それからさらに一週間が経った。木場は署の屋外にある休憩所で、ぼんやりとして窓の外を眺めていた。季節はすでに梅雨を迎えていたが、今日の空は珍しく快晴だった。空は憎らしいほど青く、つい二週間ほど前に事件が起こったことなど嘘のように思える。
「……どこで油を売っているかと思えば、こんなところにいたのか、木場」
後ろから声がしたかと思うと、木場は誰かに頭を叩かれた。振り返ると、Yシャツを腕捲りしたガマ警部が仏頂面で立っているのが見えた。蒸し暑いせいか、シャツの脇のところに汗が滲んでいる。
「あ、ガマさん……。すいません、ちょっとしたら戻るつもりだっんですけど、何かぼーっとしちゃって」木場が頭を掻いた。
「まだあの女優のことを考えているのか? 俺達が抱えているヤマは1つじゃない。個々の事件に入れ込むなといつも言っているはずだ」
「そうなんですけど、なんか割り切れなくて……。ガマさん、前にスタジオで見た麗央奈さんの撮影シーン覚えてますか?」
「あぁ……緒方の殺害を告白したシーンか。今にして思えば、あの脚本は何とも皮肉だったな」
ガマ警部が苦い顔で言いながら、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。口から大きく吐き出した煙が空に立ち昇っていく。
「自分、あの時の麗央奈さんの台詞が頭から離れなくて……。ドラマの役柄と同じく、緒方は誰から見ても悪人でした。麗央奈さんはずっとあいつに苦しめられてきた。なのに罰を受けるのは麗央奈さんの方なんです。あんな奴のために、麗央奈さんが今まで築き上げてきたものが全部台無しになると思うとやり切れなくて……」
「ふん、ドラマは所詮ドラマだ。どんなに冷酷非道な悪党だろうが殺されていい理由にはならん。確かにあの女優には同情すべき点はあったのかもしれん。だが、それで奴の罪が正当化されるわけじゃない」
「ですよね……」
木場はがっくりと肩を落とした。ガマ警部の言う通りだ。どんな事情があったとしても殺人を犯していい理由にはならない。だからこそ、麗央奈を救う方法が他にもあったのではないかと木場は思わずにはいられないのだった。
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