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「ここだ」
かやは立ち止まり、スマートフォンの電源を切ると、そのまま腕を体のわきに垂らした。
そこは川辺だった。地面は小石で敷き詰められ、目の前にはさらさらと涼しげな音を立てながら小川が流れていた。
そして、その上には幾匹もの蛍が光を放ちながら飛んでいた。光は点いては消えて儚いけれど、まるで夜空から降りてきた天の川のようにそれが連なっている様子は、言葉にするのが勿体ないほど幻想的だった。まだ日が落ち切っていないオレンジと濃い青の混ざった空も、蛍たちを美しく見せる背景になっていた。
「うわあ……すごい」
思わず声が漏れた。蛍はどこかの写真で見たことがあるけれど、実物はその何十倍もインパクトがある。
……かやは、彼氏くんとこういうところに来たことはあるのかな?
こんな綺麗な景色を目の前にしているのに、ついつい余計なことが頭に浮かんでしまった。
「ねえ、かや」
「ん?」
「かやはさ、最近彼氏くんとは上手くいってるの?」
今日はこれを聞くために来たのだ。わたしは不自然にならないように蛍たちから目を離さないで尋ねた。
「うーん」
かやは少し考えたふりをしたが、別にそれはただのふりだった。
「うん、上手くいってるよ」
蛍に見惚れるかやはにっこりと笑った。
そうか、じゃあ、もう仕方ない。
「諦める!」
わたしは決意を声に出した。
「え? 何を?」
かやは気付いていない様子だ。しかし、もうそれで良いのだ。どうせ叶わないのだから、気付かれないうちに終わらせる。
「諦めるったら、諦めるの!」
わたしはどういう顔をすれば良いか分からなくて、腰をかがめて川の水をかやにかけた。かやは手を顔の前に出してガードした。
「もう、何するの! えいっ」
かやから仕返しを食らった。
そこからはまるで青春映画みたいに、蛍たちを背景に水をぴちゃぴちゃ掛け合いながらけらけらと笑い合った。
少しだけ泣いたけれど、蛍たちの光では涙までは見えなかったと思う。
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