1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
5
「うん、上手くいってるよ」
わたしはあおいににっこりと笑ってみせた。
しかし、そんなのは嘘だ。全然上手くなんかいっていない。むしろ、倦怠期まっしぐらだ。
思わず、スマートフォンを握る手に力が入った。実は彼からの連絡がもう一か月近く皆無だった。最後にデートに行ったのはいつだっけ。頭の中でスケジュール帳をめくってみるが、すぐには思い出せない。まあ、相手は社会人だから、きっと忙しいのだ。人生の夏休み中のわたしとはわけが違う。
もしかしたら、このまま別れちゃうかも。ここ何日か、そんなことを考えるようになった。わたしの周りでも倦怠期に突入して、そのままお別れになってしまったカップルたちをいくつも知っている。自分たちだって、決して例外ではない。
「諦める!」
わたしの返答を聞いたあおいが突然、叫んだ。
「え? 何を?」
わたしはとぼけて見せた。
と言うのも、わたしはあおいの気持ちに少しは気付いてた。といっても、別にはっきりと分かっていたわけではない。何となくそんな気がしたのだ。距離が近く、視線が熱い。そんな気が。
わたしが彼を好きになったときも、きっとこんな感じだった。
「諦めるったら、諦めるの!」
あおいは吹っ切れたように言うと、ざぶざぶと川に入り、水をかけてきた。わたしは反射的に手で顔を守った。
「もう、何するの! えいっ」
わたしも仕返した。手のひらに触れる水はひやっと冷たく、暑い気候にはちょうど良かった。あおいは腕を上げて水がかからないように顔を背けていた。
もうちょっと早く誘って、あおいにちゃんと気持ちを確かめれば良かったかな。水をかけつつ、そんなことを思った。
確かめてどう、という進展は分からないけれど、仮にどうこうなっても今の彼との関係をずるずる続けるより良かったかもしれない。
もう、遅いけれど。
わたしたちは服が濡れることなど考えず、水の掛け合いっこをしている。その上には、無数の蛍たちが各々尻を点滅させながら、黄色い光の川を流していた。彼と来なくて良かったと思うほど、実に綺麗な光景だった。
最初のコメントを投稿しよう!