座敷童

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座敷童

「私は、このコロニーで皆に役割を与えたいと思う」 佐伯優紀は、コロニーの住人達に社会性を持たせる為にそう発言したが、長くリンネによって支配されて来た彼等からは“自主性”が全く感じられなかった。隣り合う者同士で目と目を合わせるだけで誰も何も発言しない。これは困ったと優紀は額に手を当てた。 「聞き方を変えてみては?」 こっそりと耳打ちするのは狐の魔獣“呉羽(くれは)”だった。呉羽は侠客。というよりもどちらかと言えばマフィアに近い。群れを形成し、先導する事に長けた者だ。恐ろしく優しい笑みを湛えながら、自分の大切なものを守る為なら容赦なく何でもやって退ける恐ろしい一面も持っている。 此処まで佐伯優紀が生き延びられたのも彼のお蔭と言っても過言では無かった。何故、彼が自分を助けてくれるのかは未だに不明だ。ここへ辿り着く一か月間、多少の襲撃に合いながらもかすり傷程度で済んだ。そして、このコロニーには入らない方が良いと忠告してくれたのも呉羽だった。――忠告を無視した結果、脚を撃たれて放り出された優紀を視る狐の眼は恐ろしい程に冷酷無慈悲だった。だが、この辺一体を仕切る灰色狼と話を付けてくれたのは呉羽だった。 ――リンネを一番引き裂いていたのは呉羽だった。 そんな事は佐伯優紀は知らないし、本人も他の魔獣も話すつもりがない。リンネの魂は穢れ切っていて本当に美味しいものだったのも事実で、彼女は約束通り「極上の御馳走」を魔獣達に提供したのだ。 「――おい。――は、おい、呉羽!」 狐は佐伯優紀の声にはっと我に返った。気が付くと、怪訝そうな顔を向ける優紀が居た。 「役割が決まった。皆、それぞれの得意分野を生かし、このコロニーを盛り立ててくれ。それと、討伐部隊は呉羽達から戦術、魔獣達の弱点や特性を学んでくれ。化学班、鍛冶屋、改造部門は魔石と現存する貴金属との融合、増殖、新しい移動手段であるバイクの製造と魔獣騎乗隊の編成と訓練の指揮を。後はそうだな、魔獣達を倒す魔石銃の製造も並行して行ってくれ。後は大地に埋める魔石の確保だ。やる事は山積みだ。聞いていたか、呉羽」 「ふぁ、え!?」 呉羽は何とも情けない声を上げた。全く話が頭に入っていないらしかった。それでもかまわずに佐伯優紀は淡々と話続けた。 「お前には討伐部隊の指導役、魔獣騎乗隊の編成と訓練の指揮を頼むと言ったんだ。外に待たせている連中にはそれぞれの能力を生かし協力してもらう。共存する為の第一歩としてな」 「共存なんてありえない」 住人の内の一人がそう吐き捨てたが、優紀は不思議そうに首を傾げた。 「何を言っている。お前達は既に魔獣達と共存している。熊のぬいぐるみを持ったあの子は魔獣の子だぞ」 その言葉に住人達は驚きを隠せなかった。あの子の両親は人間だった筈だ。そしてある日、リンネに逆らってコロニーの外へと放り出され食われて死んだ。悲鳴を聞いた者も大勢いる。だが、確かに先程あの子は大きな類人猿に「ぱぱ」と話し掛けていなかったか? 只々、混乱した。 「魔獣は今だ謎だらけな生き物だ。何処から来たのか、何故突然現れたのか全く分からない。だが、彼等の中には人に紛れる能力を持つものがあるらしい事が分かった。それは本人にも自覚が無いらしく、魔獣によっては“人としての肉を裂かれる”事で魔獣に戻るものもいるらしい。後は、脱皮にも似た変異だ。成長と共に人間の体を捨て、魔獣へと完全変態する。あの子は変異しかかっているが、未だ時間が掛かる様だ。だからと言って、この中に置いて置く事も難しいだろう。だが、まだ人間の子供に過ぎないあの子に昼間の炎天下は耐えられない。だから、あの子には他のコロニーを点々としてもらう事にした」 「どういう事だ。情報量が多過ぎて、良く分からないぞ」 「私の国には嘗て“座敷童”という家を守る子供の神が居ると言い伝えられていた。あの子にはそれに成って貰おうと思う。呉羽、次の移動先であの子を連れて行ってくれ。それと、あの子の父であるあの魔獣もだ」 佐伯優紀の考えはこうだ。 あの子の正体を知ってしまったこのコロニーにはもう置いておく事が出来ないが、何も知らない別のコロニーなら紛れる事が出来る。怪しまれれば、また別のコロニーへと移る。それを繰り返すのだ。但し、只、移るのではなく、あの子が居る間はコロニーの周囲を父親が襲撃から守る。そうしてこんな噂を流す。 “あの子が居なくなるとコロニーが潰される” この噂は討伐隊や視察隊たちが他のコロニーへ行ったりした時にも流す様に命じた。そうする事で噂が勝手に独り歩きして、誰もあの子を無下に出来なくなるだろうと踏んだのだ。 「これが上手く行くは分からんが、精々頑張ってくれ。奥さんは残念だったが、あんたには娘がいる。その子を全力で守れ」 佐伯優紀はすっかり日が落ちて暗くなった外で、大型の類人猿に向かいそう言った。住人達との話し合いは無事に終、コロニーの中は少し活気づきながらバタバタと人々がそれぞれの仕事に打ち込み始めた。 「それじゃあ、行ってくるから、くれぐれも頼んだよ。ライオネル」 《さっさと行け》 ライオネルと呉羽に呼ばれた灰色狼は佐伯優紀の傍らにピッタリとくっついて立っている。呉羽は少しムッとした表情を浮かべた。 「では、また1週間後にな」 「ああ。行ってくるよ」 そう言うと呉羽を先頭に類人猿と他の数頭の魔獣が夜の闇の中へと消えた。 「外は任せたぞライオネル」 《ああ。さっさと中へ入れ》 ライオネルと共に残った魔獣達は交代でコロニーの寝ずの番を務めるのだった。
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