魔獣の出現

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魔獣の出現

地球温暖化により、進んだ異常気象は人々に大雨や洪水と言った自然災害を齎した。激しい熱波と寒波が幾度となく起り、やがて水資源が枯渇し、現在の地上は干ばつにより砂漠化が世界各地で起こっている。主にそれを加速するに至らしめているのは自然火災だ。火の手が全く無い山の中で突然煙が上がる。その山火事に気付いても人々はそれを消す事が出来ない。深刻な水不足が進んでいたためだ。やがて、火の手は山全体を包み込んで真っ赤に染め上げて行く。山の麓に住む人々は命からがら、燃える山を背に逃げ出すしかなかった。ごうごうと唸り声を上げながら燃え盛る山は嘗て人々に豊な実りを与えてくれていた。 逃げる人々の中に一人の女がいた。短く切った黒髪は行き届かない手入れの所為でぼさぼさだ。毛先があっちへ向いたりこっちへ向いたりしている。 当の本人は、そんな事を気に留める余裕は無く、必死に走った。自分が生まれ育った街から。 逃げながら、女は「まるで山が自分を犠牲にして私達を守っている」何故かそう感じた。山は燃える物が全て尽きると焦げ臭い漆黒の炭に覆われた。その焼け爛れた大地から悍ましい生き物が次々と這い上がって来た。 虫とも獣ともつかない姿をしたそれ等は人々が去って行った街へと降り、徘徊した。病気で動けずに山から下って来た煙に巻かれて死んだ人間を見つけるとその死肉を寄ってたかって貪った。それ等はやがて、人々に認知されるようになると“魔獣”と呼ばれるようになった。 魔獣の襲撃に加え、作物の収穫量の低下だけではない様々な食物の入手が難しくなった現代ではそれ等を求めて人間同士の奪い合いによる争いが絶え間なく起った。化学物質を含んだ武器が地に落ちる度に砂漠化は加速した。結果的に人々は自らの手で数少ない住める土地と食物を減少させるに至ってしまった。 やがて、各国の軍は独自に活動し始めた。国そのものの存在が不明瞭となり、人々が死に絶え、その死臭によって集まって来るであろう魔獣達の襲撃を防ぐ為にそれぞれの駐屯地と派遣先で地下にコロニーを造り、身を守る事にしたのだ。連絡が取れなくなった部隊と軍は僅かに残る国と各コロニーとで二分され、国庫と言う財を持つ側はコロニーよりも巨大な要塞を造り上げ、その中に国を再建した。 連絡を途絶えさせた者達やその国に最初から居なかった者の入国は一切認められず、不法侵入する事も難しい。何故なら、大抵は魔獣によって殺されるからだ。命からがら逃げおおせても、国に入る事は出来ない。何処も食糧危機が治まらないからだ。 だが、やがてそれ等も終を迎える。 コロニーに住むある者が地下でも育つ種を造り出したのだ。数少ない器材と薬品、サンプルを使って生み出されたその種はじゃが芋と玉蜀黍(とうもろこし)、阿片の遺伝子を結合させて作り出された作物だ。 特性はあつみげしによく似た薄紫色の花を咲かせ、その花を乾燥させると下痢止めの薬にもなった。その花が枯れるとじゃが芋の様に地に複数の実を実らせるがその身は硬い殻に包まれ、その中には既に茹で上がった様な玉蜀黍に似た実がぎっしりと詰まっている。一粒でもとんでもない甘味と高い栄養価と満腹感を齎した。加えて、水を殆ど必要としないその実は奇跡の作物としてやがて世界各国に広まって行った。 この実を造り、それ等をある国へと齎した者達の話はまた別のはなしである。 食料危機は脱したものの、水不足は解決する事が出来なかった。土を掘って知中にある水を汲みだすにも限界があり、それ等が必ずしも存在する訳ではない。餓死者は減っても今度は脱水症状で命を失う者が出て来てしまう。 やがて、地下に限界を感じ始めた人々の中から地上に出て魔獣達を狩ろうとする者達が現れた。何度も失敗し、仲間の命が奪われる事を繰り返し、コロニーに戻れば罵倒されながらも魔獣狩りを続ける内にある一部隊が一頭の魔獣を倒しその死骸を持ち帰った。その死骸は大きな鳥の羽根を持った牛の様な姿をしていた。その体からは酷い獣臭がしたが、その臭いに耐えながらも解体を続けると魔獣の体の奥にクリスタルの様な石が有る事に気付いた。それは素手で触る事は出来ない程熱かった。玉箸と呼ばれる鍛冶道具で挟み掴んでようやく取れる代物だった。 その石の熱を冷まそうと貴重な水の中へ入れた時だった。一斗缶に入った水が次々に湧き出したのだ。湧き出した水は止まらず、溢れ続けた。慌てて人々はその石を一斗缶から取り出した。魔獣の体から取り出したその石は魔石と呼ばれ、水不足を解決するに至ったのだ。 更にその魔石の効能は水を増やすだけではなく、致命傷となる傷も瞬時に塞いでしまったりと様々な効力があった。その代わり、使えば使う程に石は黒く変色しやがて割れてしまった。割れた石には何の力も残っていなかった。 次々とその魔石の話は各コロニーへと伝わり、やがて国にも広がって行ったがそう易々と魔石を手にする事は出来なかった。魔獣達は恐ろしく強く容赦がなかったのだ。お腹が空いていようと居まいと関係なく人間を襲って来た。故に水不足が解消されるコロニーは僅かであり、殆どは戦う術を持たぬまま命を散らし続けていた。
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