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簒奪者
「ふん。つまらん余興だったの。あの新入りは」
リンネは玉座に座りながらそう言って鼻息を漏らした。新入りの女、佐伯優紀は三日ほど前に此処へやって来た。体中傷だらけだったが奇跡的にも致命傷は負っておらず、ほぼ無事に辿り着いた人間。しかも1ヶ月以上もかかる尾麗山と呼ばれる山の麓から。荒廃しきった外の世界でそれ程まで長く生きながらえた強運と経緯が知りたくて中に入れたが、話を聞く限りは何の変哲も無かった。道中で旅をする者達と途中まで一緒であったり、此処よりも小さくてもコロニーに立ち寄ったりしながら辿り着いたらしい。
「まあ、此処がアイツの運の付きとなったがな!」
がっはっはっは! 大きな声で笑うリンネの自室をノックする者があった。笑うのを止めて低く「入れ」と言ったリンネの声に扉が開いた。入室してきたのは部下――では無く、頭に狐の耳を生やした若い男だった。その手には部下がだらりと糸が切れた人形の様に力無く携えられている。それをそのままリンネの前へと放り投げた。テーブルの上の大量の食糧を床に散らしながら、投げ飛ばされた部下は仰向けで止まり、だらりと下がった頭がテーブルの端で止まる。白目を剥いている部下は明らかに呼吸をしていなかった。
「ひぃ!」
「情けないなぁ。仮にも一国一城の主でしょ? しっかりしてよ。そうだ。優紀が呼んでるから食堂まで全員で来てくれる? あ、そうそう。逃げても無駄だから」
そう言って、狐は部屋から出て行った。リンネは壁伝いに入り口へと向かった。逃げても無駄だと言われても、リンネは卑しくも出入口へと向かった。部下に外の様子を確認する様に命令し、部下が扉を開けると直ぐに部下はコロニーの外へと吸い込まれ、絶叫だけを残した。
仕方なく、リンネは食堂へと向かった。
食堂には既に多くの住人が集まっており、リンネが到着すると道を開けた。檀上には自分が座るべき所に黒いフードを目深に被った者が俯き加減で腰かけていた。その傍らには先程の狐が居た。
「あれ? 一人足りないね? もしかして入り口に行ったの?」
冷汗が流れる。リンネが檀上の真下までくるとようやくフードの者が顔を上げた。その顔には見覚えがある。三日程前に外へ放り出した女。佐伯優紀だ。
「お久しぶりですね。リンネさん。あの時は本当に助かりました。そのお礼をしに来ましたよ」
笑みを湛える優紀の顔には何処か不気味さが滲んでいる。何か良くないものを身に纏っているようなそんな感じだ。リンネは腰に据えた拳銃に手を掛けたがそれは直ぐに隣に居る部下によって取り上げられた。
「な、何をする!」
「す、すみません。体が勝手に!」
拳銃は部下の手から佐伯優紀へと渡った。
「どうして、お前が生きて居る! お前はあの日!」
「ええ、あなたに脚を撃たれて放り出されました。血の匂いと定例食事会で魔獣がわんさか居ましたよ」
「だったら何故!」
「知ってました? 魔獣の中には人間の言葉を理解し操るものがいるって」
「何!?」
「私はそのものと取引しました。もっと極上の御馳走を連れて来るから待って欲しいってお願いしたんです」
その言葉と同時に優紀は発砲した。銃弾はリンネの脚に命中した。痛みに呻き床に転がるリンネを見下ろしながら、優紀は静かに言った。
「虐げられていた皆さん。後は皆さんの自由ですよ」
その言葉を皮切りにじりじりと住民達がリンネを取り囲んだ。
「リンネさん。外、行かれた方が良いのでは? このままここに居たら、皆さんに殺されちゃいますよ」
リンネは必死に床を這いずりながら、食堂を出て行った。だが、入り口のドアを開けるのがどうしても怖かった。不思議な事に食堂から住民は追って来なかった。だが、そんな事を考える余裕すら無かった。
「ドアを開けるのがそんなに怖いの?」
不意に幼い声が背後でした。振り返ると古い熊のぬいぐるみを抱く幼女が立っていた。
「あたしが開けてあげるね」
幼女は怖がる素振りを全く見せずにドアを開けた。外には大きな獣が沢山待ち構えていた。一頭の灰色の毛をした狼が近づいて来た。狼は入り口で腰を抜かすリンネの襟首を咥えて外へと引きずり出した。
「た、たのむ!! 助けてくれぃ!」
「やだ。だって、パパもママもそう言ったもん」
《お嬢ちゃん、扉を閉めて直ぐに離れな》
喋ったのは狼らしかった。幼女は重い扉を一生懸命締めた。その様子を見かねた他の魔獣がまるで手伝う様に扉を閉めた、締める直前に妖魔の一頭が幼女の頭を優しく撫でた。表情は伺い知れなかった。
「……パパ?」
幼女は首を傾げたが直ぐに狼に言われた事を思い出して扉の鍵をして離れた。
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