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新たな王
リンネはコロニーの外で惨殺された。魔獣達によって引き裂かれたその体を恐ろし気に見やる住人達の前にはそれを行ったであろう魔獣達が佐伯優紀の背後に立っていた。だが、彼等には殺意が無かった。これまで襲って来たどの魔獣達とも違うらしかった。
「私はあの日、外に出された時、この狐と狼と取引をした」
そういう優紀の左右にはそれぞれの魔獣が傍らに立った。狐の方は耳と尻尾以外はほゞ人間に近しい。
《コイツの魂は余りにも強かった。だから、俺達はコイツが死んで魂が離れるのを待つことにしたんだ。だが、その間コイツはひっきりなしに俺達に話し掛けて来た。だから、話してる内に面白い奴だと思って取引に応じた》
狼と狐が言うには魔獣は強い魂。邪念が無い人間には近づけないのだと言う。
噛む事は出来てもその血肉が口に触れただけでかぶれを起したり、酷いと腐るのだという。逆に死んで魂が抜ければその血肉は普通の人間よりも極上の味となるらしかった。
「そ、それで、お前さんはどんな取引を持ち掛けたんだ」
「私の死を待つよりも、一層邪悪な魂を持つ人間を連れて来てやると言ったんです」
「ま、まさか……」
「ええ。そのまさかです」
地面には最早残骸と化した嘗ての独裁者リンネの遺骸がある。それを見やり住人達は青い顔をした。
「後、もう一つ。セーフポイントを作ると狐と約束しました」
「セーフポイント?」
「はい。狐は人間の中に混じって商いを行う侠客です。休める場所が必要なんですよ」
「その通り。もし、ここを使っても良いと言うなら私の部下を常に配備させ、門番と偵察、護衛の全てを肩代わりする。食事は君達人が食べているものでも事足りるが、自殺志願者は是非名乗り出てくれ。美味しく頂かせて貰おう」
笑顔を称える狐はまるで冗談だと言う風潮を見せながらも細く閉じられた目の端からは、本気もうかがい知れる。半分は本音なのだろうか。
「それと、もう一つ。私は此処の新たな独裁者に成りに来た」
その言葉に住人は身構えざる負えなかった。リンネの恐怖から解放された。その代わりに今度は魔獣という恐ろしい獣を操る絶対的な者に支配されるのか。嘗ての支配よりもより一層、地獄が待っているのかと落胆せざるを得ない。光を失くす住人達の中から、一人の幼女が割って前に出て来た。
「ちがうわ。お姉ちゃんはどくさいしゃだけど、きっといい王さまになるんだわ。ね、そうでしょう?」
熊のぬいぐるみを手にした幼女が話し掛けたのは佐伯優紀でも狐や狼でもない。その後ろに黙って控えている大きな霊長類の姿をした魔獣だった。その魔獣は頭をポリポリと掻いた。
「ねえ、パパなんでしょう?」
幼女はそう言って、熊のぬいぐるみの背中を弄ってジッパーを開けた。その中から出て来たのはヒビが入った丸眼鏡だった。その眼鏡をおずおずと受け取ると鼻の上にちょこんと乗せた。それを皮切りに幼女は駆けだした。大きな霊長類型の魔獣に抱き着くとわんわんと泣きじゃくった。
《どうして、この子は私に気付いたんだろうか……》
《さァな。お前が頭を撫でた時だったりするんじゃないか。それか臭いとか》
《人は我々程、感覚が鋭い訳じゃない。況してや、見た目も声もこんなに変わってしまったのに気付けるはず無いんだ》
《……そんなの決まってるだろ。お前の娘だからだ》
灰色狼の低く唸る声で魔獣達の会話は途絶えてしまった。灰色狼は霊長類型の魔獣の腕の中でぐっすりと眠る幼女の顔を鼻先で突いた。その時の揺れで僅かに前髪が動く、除いた額には黒い亀裂が一筋走っていた。
《その子も何れお前の様に変異するぞ。あのコロニーでは生きられんだろう。例え優紀の庇護下であっても、人は隙を突いて襲い掛かる。子供の内に始末をしようとする》
《だが、この子を連れて真昼の炎天下は歩けない。夜はこうして温めてやれば良いが、昼間はダメだ。この子の体が持たない》
《その事についても優紀があの中で話をしてくれていると願う他ないだろうね》
硬く閉ざされた扉の向こう側では、新たな王となった優紀が住人達とこれからの行く末を話し合っているのだった。
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