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祥の好きな人
「ま~ゆっ」
名前を呼ばれて振り向くと、誰かに抱きつかれる。見なくても誰なのか分かる。
「祥、抱きつくな!」
「麻結、好き……」
祥は私の言葉を無視して、私の耳元でつぶやく。
いつもと違う感じの『好き』。
焦っているような、切羽詰まったようなそんな感じがする。
「祥、どうした……」
「あれ、麻結ギューはしてくんねぇの?」
「しません!!」
いつもの調子に戻った祥。
心配して損した!
私もいつもの調子で返す。
こんな感じのやり取りも最近日課になりつつある。
「祥、やっほー」
そう言いながら笑顔で走ってきたのは夢香ちゃんだった。夢香ちゃんに応えるように祥は夢香ちゃんに手を振った。
「夢香、俺に何か用事?」
「違うよ。祥をたまたま見つけたから来ただけ」
どうやら夢香ちゃんは大好きな祥を見つけて走って来たらしい。
悪口を言われたことがあるので正直夢香ちゃんには関わりたくない。
ほら、こっちを睨んでる。
「夢香、髪がくずれてる」
祥はそう言って夢香ちゃんの髪に触れた。
夢香ちゃんは嬉しそうに頬を赤く染めて微笑んだ。
私を無視して完全に二人だけの世界だ。
この二人、両想いなんだからどっちかが告白して付き合えばいいのに。
そう考えたとき、なぜだか胸の辺りにモヤモヤしたものを感じた。
祥があたしに『好き』って言いにくるのが当たり前になってたけど、二人が付き合ったらなくなるんだろうな。
ほんの少しだけ寂しさを感じた。
「わ、私、やることがあるから先に行くね」
私は祥にそう告げ、二人から離れる。
「待って」
祥が引き留めるように私の腕を掴んだ。
「麻結、何かあった?」
「別に」
私は素っ気なく返す。
ふと視線を上げると、夢香ちゃんはもういなかった。
いつの間に……。
「麻結、辛そうな顔してる」
祥は優しげな声で言う。
「してないってば」
私が祥から離れようとすると、祥に抱きしめられた。さっきより強く、でもさっきより優しく。
「俺、麻結が辛そうだと、すごく心配になる」
ねぇ、なんで祥は夢香ちゃんじゃなくて私のことを抱きしめるの?
なんで罰ゲームの相手の私にこうまで優しくするの?
これじゃ、恋人みたいじゃん。
祥の好きな人は誰……?
たくさんの疑問が胸の中に溢れる。
でも、私はその疑問と別のことを口にした。
「もう! こういうことは夢香ちゃんにすればいいじゃん」
「は? なんで夢香」
「だって、夢香ちゃんと仲良いじゃん。まるで恋人みたいに」
語尾が小さい声になる。
私、何言ってるんだろう……。
「夢香は俺の幼なじみだから……」
祥はそこまで言うと、何かに気付いたような顔をした。
「あぁ、そういうことか。なるほど」
祥はニヤニヤしながら納得したように、しきりにうなずく。
「何?」
「麻結、それってヤキモチ?」
「ち、が、い、ま、す!」
私は全否定した。
はずなのに、祥はまだニヤニヤしてる。
「麻結、可愛い」
「なっ……」
ここまで言われると、返す言葉がなくなる。
赤くなった頬を隠すように私はうつむいた。
「なんで下向いてんの?」
「……」
「あれ? 顔赤くなってるよ?」
祥は下から私の顔を覗き込む。
それを避けるように祥から顔を反らした。
「なってない」
「へぇー、俺に可愛いって言われて嬉しいんだ?」
「嬉しくない!」
ていうか、いつまで抱きしめてるの?
今気付いたけど、いまだに祥の腕が私を抱きしめていた。
「早く離して」
「ヤダ」
祥が私にそう言ったときだった。
「麻結ちゃん……?」
波斗君が私のことを、いや私達のことを凝視していた。
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