甘い風邪と熱

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甘い風邪と熱

「麻結ー、好き」 そう言いながら抱きしめてくる祥。 最近は『好き』って言うだけじゃなくて、抱きしめてくるようにもなった。 端から見れば恋人にしか見えないだろう、これは。 私としてはとても複雑なんだけど。 祥はきっと、私のこと本気じゃないもん。 「いや、もうこれは本気としか言いようがないじゃない」 スマホをいじりながら梨々花は言う。 「でも祥が好きなのは夢香ちゃんなんじゃ……」 「夢香は幼なじみだったんでしょ?」 まぁ、そうなんだけど。 幼なじみに恋をするって、よくある話だし。 「好きって言われて、抱きしめられて、奪うって言われて? そこまできたら麻結のことが好きってことじゃない。いっそのこと告白してみたら?」 梨々花は簡単に言うけど、私一回フラれてるんだから。 私の煮え切らない態度に梨々花は呆れたらしい。 「何が不満なの? 十分愛されてるじゃないの。不安になるのも分かるけど、思いきりが大切だと思うよ、アタシは」 梨々花は肩をすくめてみせた。 * ざわざわと騒がしい昼休み。私はとぼとぼと廊下を歩く。 「思いきりかぁ……。思いきり……ッ」 突然、頭に鋭い痛みを感じて頭を押さえた。ズキズキと頭が痛む。 ちょっといろいろ考えすぎたかも。早く教室に戻ろう。 私はさっきよりもスピードをあげて歩く。 廊下の突き当たりにさしかかったときだった。 「麻結? どうした?」 祥が私の顔を覗き込む。本当にどこでも現れるな。 祥のこと考えすぎて頭痛がする、なんて言えるわけがない。 祥の相手をする気力もなく、私は祥を振り切った。 「別に何でもない」 「でも、顔赤いぞ?」 祥に言われて私は気付いた。そういえば少し熱っぽい感じがする。 「……少し、頭が痛いだけ」 風邪引いたかな。風邪の症状を自覚した途端、フラフラしてくる。 「おい、大丈夫か? 保健室行こう」 祥が私の身体を支えながら歩き出す。私は祥の体を軽く押した。 「本当に大丈夫だから。すぐ治るし」 「そうは見えねぇっつーの」 そのときふわりと私の体が浮いた。 祥の顔が間近にある。 祥の腕があたしの背中と脚を支えていた。 え、もしかしてこれって……。 お姫様抱っこ!? 「ちょっと、降ろしてっ」 「やだ」 「降ろしてってばっ」 私は恥ずかしくて、つい大きめの声になる。 う、自分の声も頭に響く。 それでも祥は降ろしてくれなかった。 だから自分から降りようと試みる。 「ちょっ、暴れんなっつーの。危ねぇだろうが」 「ヤダ。降りるっ」 ズキズキ、フラフラする身体を抑えて、祥から離れようともがく。 「麻結。大人しくしてないとキスするぞ」 「うっ……」 返す言葉がなくなり、私は仕方がなくされるがままになった。 「そこで大人しくなられるんのも複雑……」 不思議と祥の胸の中は温かくて心地良かった。祥は私に気を遣ってか、優しく抱きしめながら歩いていた。 ふと気がつくと、私はベッドに横たわっていた。辺りは静まり返っている。 ここは保健室? この部屋には、私一人しかいないの? なんか心細い。 頭は痛いし、まだフラフラするし、寂しい……。 ―――ガラッ 保健室のドアが開く。 「悪い、起こしたか?」 祥のその問いに私は横に首を振った。 「まだ顔赤いな。まだ頭痛い?」 笑はこくりとうなずく。 「なんか、冷たいもの持って来るから、待ってろ」 祥は私に背を向ける。 「待って……」 気付けば、祥の服の裾を掴んで引き留めていた。祥の目は驚いたように見開かれていた。 「あ、ゴメン……」 私は掴んでいた裾をぱっと離す。 祥はそれを見ると、ゆっくり私に近づいた。 「どうした?」 優しくあやすような声だった。 「……なんでもない」 「なんでもなくないだろ。ほら言えよ」 熱でぼーっとしている私は思ったことを口にしてしまう。 「今だけは、傍にいて……」 祥はクスッと笑った。 「うん、傍にいる」 祥は壊れ物を扱うように私の頭を撫でた。 「本当に可愛いな」 ボソッと祥がつぶやく。 「……ん?」 「麻結、キスしたい」 祥のいきなりの発言に私は驚く。 「す、すれば? おっさんと」 動揺のあまりよく分からないことを口走ってしまう。 「おっさんとしてどーすんだよ。麻結だからしたいの」 それってどういう意味? 訊きたいのに訊けない。本当はしてほしい。 でもこれは素直に言えない。 「麻結、キスしていい?」 「どーせしないくせに……」 私がふて腐れたように言うと、祥はまた目を見開いた。 そして口元を押さえて吹き出した。 「へぇ、してほしいんだ?」 「ちがう……!」 「してあげようか?」 「……いらないっ」 祥の口元がニヤニヤと弧を描く。 もしかして私からかわれてる? ズキンッ 騒いでいたせいで、また頭痛くなってきた。 「ほら、寝てろ。……ここにいてやるから」 最後の言葉を聞いて、胸が熱くなった。 やっぱり風邪が治ったらまた告白しよう。 祥に本当のことを聞こう。罰ゲームのことも、夢香ちゃんのことも。 そして祥に好きって言うんだ。 ふと、この前ポツリと漏らした質問を思い出した。 「ねぇ、祥って本当に私のこと好きなの?」 答えは分かりきっていた。 だってこれは、罰ゲームで始まったことだから。でも祥は、優しく笑って答えた。 「この間からそう言ってるだろ」 今は、その言葉を信じたかった。
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