ウソつき

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ウソつき

告白を決意したのは二度目だった。 祥の言葉が本当なら、きっと……。 私は心を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。祥の今までの言動を信じたい。 あの優しさはウソじゃない、と。 * お昼休みの廊下で祥を見つけた。 祥の隣にいたのは夢香ちゃんだった。 夢香ちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせていた。 「ねぇ、祥。大好き」 「知ってる。俺も好きだから」 聞こえてきた声はそんな会話だった。 答えたのは、間違いなく祥の声。 やっぱり夢香ちゃんのことが好きなんだ。 そこで祥は私に気付いたらしく声をかけてきた。 「あれ? 麻結。風邪はもう大丈夫なのか?」 「うん……」 祥は私の心配をしてくれる。とても優しい人。 それに対して夢香ちゃんは、あからさまに私のことを睨んでいた。 夢香ちゃんは私に見せつけるように、祥と腕を組んだ。 「夢香?」 「あたし、用事あるから先に行くねっ」 夢香ちゃんは人の良さそうな顔をして、祥に告げる。夢香ちゃんは私の横を通り、教室へ戻っていった。 通り過ぎるときに夢香ちゃんは、私にしか聞こえない声で『邪魔すんなよ、ブス』と吐き捨てて行った。 「麻結?」 「……ん?」 「まだ風邪、治ってないんじゃないのか? 顔色が悪いぞ」 祥の声音が心配そうなものに変わる。 「大丈夫だよ。風邪は治ったから」 本当は大丈夫じゃなかった。 風邪は治ったはずなのに、胸が苦しい。 祥の前にいるのにうまく笑えない。 「やっぱり、二人って付き合ってるの?」 二人の様子を見れば私じゃなくてもそう思うだろう。 「ただの幼なじみって言っただろ?」 私にはただの幼なじみには見えなかった。 「だってさっき好きって言った」 「だから、それは幼なじみとして……」 幼なじみとして? まるで恋人みたいだった。 普通幼なじみって好き好き言い合う? 実際はそうなのかもしれない。 けど私にはそれが耐えられなかった。 胸の中にモヤモヤとしたものがわだかまる。 さっきまで祥のこと信じたいと思っていたのに、今は信じることが出来ない。 私、どうしちゃったんだろ……? 「私だって、祥のこと好きだもん……」 「え?」 ポツリとつぶやいた言葉は無意識に発されたものだった。 そのときの祥の顔は戸惑ったような、困ったような、そんな表情だった。 なんでそんな困った顔するの? 夢香ちゃんのことが好きだから? あの言葉は全部ウソだったの? 結局、私は自惚れてただけなんだ。 「……うっそー」 私はムリヤリ笑顔を作った。 「私のこと、騙した仕返しだよ……」 最後はもう泣きそうだった。目元に涙が溜まる。 本当はそんなこと、全然思ってないのに。 こんなこと、言いたくないのに。 気付けば私は駆け出していた。 祥から逃げるように。 「麻結っ!」 祥の呼び止める声も聞かずに。 祥の姿が見えないところまで来ると、あたしは立ち止まった。 「好きだって言ったじゃん……。ウソつき……」 私はズルズルとその場に崩れ落ちた。 どれくらい泣いていただろう。 ふと顔を上げると、隣に波斗君がしゃがんでいた。 いつからいたんだろう。 波斗君は話しかける様子もなく、遠くを見つめていた。それに倣うように私も遠くを見つめた。 少しの間、静かな時間が流れた後、波斗君は口を開いた。 「やっぱりさ、オレにしなよ」 その言葉に顔を上げる。 波斗君の真っ直ぐで優しげな瞳が私に向けられている。 その瞳に捕らわれたような気がして動けなくなる。 私は祥のことが好き。 それは変わらないはずなのに、私はこくりとうなずいてしまった。何かにすがりたかった。 私は波斗君の優しさを利用したんだ。 優しい波斗君といれば、きっと傷つくこともない。 祥のことも忘れることが出来る。 波斗君にも祥にも、ウソをついている私の方こそ、本当のウソつきだ……。 「オレさ、まだ麻結ちゃんのこと、好きだから」 私はその言葉に笑顔を返した。
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