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目の痛みと心の痛み
「麻結、どうしたの!?」
朝から梨々花の驚くような声。
梨々花の方を向くと心配そうに私の顔を覗きこんでいた。
「目、真っ赤に腫れてるよ?」
「え!? 本当?」
私は慌てて鏡を出して自分の顔を見る。確かに目は赤く腫れぼったくなっていた。
昨日冷やしたのにあんまり効果なかったかな。
これじゃ、泣いたのかがすぐに分かってしまう。
「昨日何かあったの?」
「……」
私は梨々花に沈黙を返す。
「もしかして、祥と何かあった?」
その質問にこくりとうなずく。
「麻結を泣かせるなんて許せない! アタシちょっと、祥のこと殴りに行って来る」
「え? ちょっ、ちょっと待って! ちゃんと……話すから」
「で、何があったのよ?」
「私ね、昨日祥と……別れちゃったんだぁ……」
下を向いているとまた涙がこぼれそうだったから上を向いて話す。
「なんで!?」
梨々花は目見開いている。
驚くのも無理ない。だって一週間ももたなかったんだから。
「フラれたの。……昨日の夜、電話で」
それから昨日の夜のことをポツリポツリと梨々花に話した。
梨々花は驚きながらも、しっかりうなずきながら聞いてくれた。
「……ねぇ、麻結」
「……何?」
「やっぱり祥のこと殴りに行っていい?」
「えっ!?」
それはダメダメ。梨々花が怒られちゃうよ。
私は必死で梨々花を止める。梨々花を加害者にしてはいけない。
私が焦って止めると、冗談よと言って梨々花は握っていた手を下ろした。
梨々花は一息ついて私に向き直る。
「……麻結。忘れちゃいなよ、あんなヤツ」
え?
「だって、別れたい理由も教えてくれなかったんでしょ? しかも何? 俺のけじめって。理由も話さないで何がけじめなのよ」
確かにそう思ったけど。
「それに日曜日に大会なんてなかったわよ。アタシ、昨日調べたんだから」
「え……」
私は驚きとショックで言葉を失った。
なんでそんな嘘を? そんなに私とのデート嫌だったの?
「だから、忘れちゃえ。それだけの男だったって思えばいいよ」
「でも、そんなすぐに忘れるなんて……」
私はずっと祥に片想いしていたのだ。それをすぐに忘れるなんて。
「すぐじゃなくていいの。ゆっくりと時間をかけてもいいから」
梨々花は優しく微笑んだ。
「あんなヤツいたなって笑えるように。この恋が全てじゃないでしょ?」
だから落ち込むな、そう言っているような気がした。私はこくりと頷いた。
そうだよね。今はそう思えないけどいつまでも引きずっていたって仕方がないし、いつか忘れられるよね?
「麻結、いざとなったらアタシが男子紹介しようか?」
「いざとなったらね」
私は笑って言った。けれど私は思う。
しばらくは他の人を好きになることはないんじゃないかと。
「麻結ちゃん大丈夫?」
後ろから声をかけられて、私は振り向く。
そこに立っていたのはクラスメイトの真衣と綾だった。
「ごめん。話聞いちゃった」
どうやら真衣と綾は心配して、来てくれたらしい。二人は告白の手助けをしてくれたんだった。
「元気出して。でも、泣きたいときは思いっきり泣いちゃってもいいよ」
綾はあたしに微笑みかけるように言う。
「麻結ならもっといい彼氏ができるって。自分を責めないで」
「むしろ告白するように言ったの私たちだから私らのせいにしてもいいよ」
「しないよ」
冗談っぽく言う真衣に私は微笑みながら返す。真衣と綾の言葉に、また目頭が熱くなる。
「みんな……ありがとうね」
目元に少し涙がにじんだ。
「麻結。少し目、冷やして来たら?」
目が赤く腫れている私に梨々花は言った。
「うん。そうする」
そう言って私は立ち上がった。目が腫れてるからか目が痛い。
授業を受ける気分でもないし、保健室で休もうかな。
「梨々花、私保健室で休んでくるね。先生に伝えておいて」
私は梨々花にそう伝えると教室を出た。
梨々花は心配そうな顔をして付き添おうか、と申し出てくれたけど授業あるでしょと遠慮しておいた。
*
―――ガラッ
「失礼しまーす……って、あれ? 誰もいない」
なんでだろ? いつもならいるのに。
私はそう思いながら名簿に名前を書いて、ベッドに横になった。目をつぶるとすぐに眠気が襲ってくる。
そういえば、昨日全然眠れなかったな。
おかげで寝不足……。
そんなことを考えているうちにあたしの意識は遠ざかっていった。
「……の……ない」
「……ですよ」
誰かの話し声で私は目を覚ました。
先生、戻って来たのかな?
でも、カーテンのせいで姿を確認することが出来ない。
先生ともう一人はケガした生徒かな。
聞こえてくる声は保健室の先生の声と男子の声。
「珍しいわね。あなたがケガするなんて。好きな子のことでも考えていたのかしら?」
先生は手当てをしながらふふふと冗談混じりで言う。
「まぁ、そんなとこっす」
っ……!
聞こえてきた男子生徒の声は祥のものだった。
好きな人の声だから嫌でも分かってしまう。
嬉しいはずなのに、今は聞くと辛くなる。
なんでこのタイミングで……。
あ、まただ。目頭が熱くなり始める。
私は唇を噛みしめて涙をぐっとこらえた。
もしかしてって思ってたけどやっぱり祥には、私じゃない好きな人がいたんだ……。
その子のこと考えてケガをするほどの。
じゃあ、なんで私と付き合ったの?
断れなかったから?
ずっと好きだったっていうのもウソ……?
そんなマイナスな考えが頭の中に浮かぶ。
「ありがとうございました」
そう言って保健室からいなくなった祥。
保健室の中はしんと静まり返った。
そして私が起きているのを知ってか知らずか、保健室の先生はカーテンを開けた。
「沢村さん、具合はどうかしら?」
「あ、はい。なんとか」
泣きそうになっているのには先生もきっと気付いてるだろう。先生は優しく微笑んだ。
「水分とりましょうか。体起こせるかしら?」
先生から水を受け取ると、それを半分くらい一気に流し込む。
どうやら喉が渇いていたらしい。
なんだか、少し落ち着いた気がする。
「あら、目が少し腫れてるわ。今冷やすわね」
先生はそう言ってタオルを水で濡らし、私の目に当てた。
「何かあったら、いつでも相談してちょうだいね。先生が聞いてあげるから」
その先生の言葉に心が温かくなる。
でも祥のことを話す気にはなれなかった。
だから私は曖昧に笑い返した。
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