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真実とニセモノの好き
あれから数日が経った。
私の前を祥がまた通り過ぎる。
不思議と祥のことを深く考えることはなくなった。それだけで私は進歩したと思う。
きっとこのまま、祥のことを忘れて、他の人を好きになって、また別の恋愛をするのかな。
相変わらず、祥とすれ違うことは多いけど、そこまで辛く感じなくなった。
きっと私の気持ちはその程度だったんだな。
私は、今日も祥のクラスの前を通りすぎて歩いていく。
でも、今日は違った。
「あ、沢村麻結はっけ~ん!」
くすくすという笑い声と共に、祥のクラスからそんな声が聞こえた。
その声の持ち主は佐瀬夢香。
祥と付き合いたてのころ、話しかけてきた人だ。教室や廊下周辺に祥の姿はない。
私は隣にいる梨々花と話すふりをして、話し声に耳を傾けた。
「沢村麻結って最近、よく祥の近くにいるよね~」
「そうそう、別れたくせにね。ストーカーかよ」
夢香ちゃんの回りにいる女子達が口々に言う。
「自分が好かれてるって、勘違いしてるんじゃな~い?」
「アハハハッ。それウケる~!」
みんなが大笑いしてるようだった。
私、ストーカーなんてしてないし。勘違いだってしてない。
なんでそうなるの?
このとき、私は聞かずに通りすぎればよかったのかもしれない。
そうすれば、きっと傷つかずにすんだかもしれないのに。
「やっぱり祥にお似合いなのは、夢香だよ~」
「そんなことないよ。そんなこと言ったら、麻結ちゃんがかわいそうじゃない」
夢香ちゃんは、かわいそうの部分を強めて言う。性格が悪いっウワサ、本当なんだ。
「でも、沢村麻結って、本当にかわいそうだよね~」
ねー、と周りの女子が声を揃えて同意する。
「祥が付き合ったのだって、罰ゲームなのにね~」
…………え?
「そうそう。祥は夢香のものなんだから」
時が止まったような気がした。
音という音が耳に入らなくなる。
私はその場に立ちすくんだ。
それから程なくして祥が教室に戻ってきたようだ。
「あ、祥~。ねぇ、今度の日曜日に遊びに行こう?」
夢香ちゃんは、猫なで声で祥に話しかける。
「あぁ、いいよ」
祥はそれをあっさり承諾する。
私のときは、ウソをついてまで行きたがらなかったくせに。
それに罰ゲームって、どういうこと……?
「どこに行くんだ?」
「うーんとね、祥はどこがいい?」
二人の話し声が鮮明に聞こえる。祥の声は少し嬉しそうに聞こえた。
あぁ、そういうことだったんだ。私、分かっちゃったよ。
祥の好きな人は……夢香ちゃんだ。
祥は夢香ちゃんのことが好きで私のことは罰ゲームだっただけで、私のことなんかどうでもよくって……。
「ちょ、麻結!? 大丈夫? 顔、真っ青だよ!?」
梨々花はあたしの顔を覗き込む。
「大、丈夫……」
私はフラフラとした足どりで、梨々花と一緒に教室へと戻った。
私に素っ気なかったのも、すぐに別れたのも、別れたい理由を言わなかったのも、夢香ちゃんのことが好きだったから。
私と付き合ったのは、罰ゲームだったから。
きっとけじめっていうのは夢香ちゃんへの……。
そっか全部私の勘違いだったんだ。
舞い上がって喜んで、私ってバカみたい。
私が好きだったっていうのはウソで、私に向けられたのはニセモノの好き。
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