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追いかけるために足を踏み出そうとすると、青年が出てきた方から犬の鳴き声が聞こえてきた。ちらと見やると、犬は明らかに先ほどの青年に向かって吠えている。
犬に吠えられて、人のいない方へと逃げていく青年の後ろ姿を改めて見て、まさか、と頭の隅にひとつの推測が浮かぶ。
「泥棒だ! 頼む! 追いかけてくれ!」
家の方から聞こえてきたその声で、推測が確信に変わってしまった。なんでこんなときに! 泥棒なら、いざというときのためにナイフとか凶器の代わりになるものを持っているかもしれない。そう思うと、少し腰が引けてきた。流石に怪我はしたくない。穏やかな夜の一時を過ごしたいだけなんだ。
追いかけるかどうかを、一瞬悩んだ。だが、轢きかけておいて追いかけない訳にもいかない。意を決して足を踏み出す。そこで、なんと拍子抜けなことに、走っていた相手が盛大なこけ方を見せた。一瞬、何が起きたのか理解が追いつかなかった。そのまますぐに起きる気配を見せなかったので、まさか、という気持ちがわき上がってくる。気付けば、自分の体は慌てて走り出していた。
「おい、どうした!?」
青年は、呻きながら足を抑え始めた。相手の声が聞こえてきたお陰で、緊張がほぐれた。どうやら、生命に関わるような怪我はしてなさそうだったが、足をかなり捻ったらしいことが分かる。目尻に涙まで浮かべて左足を両手で掴み始めたのだ。
死ぬか死なないかの瀬戸際ではなかった上に、下手に追いかけずにも済んだ。とにかくホッとした。
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