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陽光
本編122話「オーバーフロー」と123話「合格発表」の間のお話になります。
「春は来ない」の本編を先に読んでもらえたら、と思います
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桜じゃなく雪の降った高校の卒業式。
自分の学校には何の思い入れもないから、式が終わった後は数人と別れの挨拶を交わしてすぐ学校を出た。
今日はこの後、山登と飯食うんだ。
卒業祝をしてくれるらしい。自分も卒業生なのにな。
辞めずに卒業できたことに対する褒美を遣わすってことらしいけど……なら、早く出て来いよ。
完全アウェイの他校の校門。
元々交通量の多い一般道に沿う形で建ってる学校だし、俺が待ってるこのバス停の椅子周りも、学生よりも年寄りの使用率のが高いくらいだから待ちづらさってのはそこまで感じないけど。
卒業生や保護者が三々五々散ってく中、あいつはどんだけ母校との別れを惜しんでるんだ。なんなら山登の母さんは他の卒業生母と先に帰ってったぞ?
玄関までぶち抜きで見えるそこかしこでは、部活の先輩後輩による感動の花束贈呈式が行われてるけど、あいつは部活に入ってないのに。
電話をかけてやろうとした時だった。
賑やかに輪をかけていっそ騒がしい集団。
その真ん中あたりに、一つ頭抜けた目当ての姿を見つけた。
背が高く、やたら均整の取れた体つきの山登はよく目立つ。
うん。
やっぱあいつは、かっこいい。
顔とか、そういうのじゃなくて、纏ってる空気が、かっこいい。
言わんけど。
ぜーったいに、言わんけど。
俺は、あんな風になりたかった。
山登はとりあえず適当で、バスケ然り、ベース然り、能力がないわけじゃないのに何やっても続かなくて、結果うちの学校の外部受験も落ちたけど。
でも───。
中2で初めてライブをやったとき、「このヘボいガキどもはなんだ?」って目をした年上ばっかを前にしてガッチガチに緊張して、あげく間違って、完全に固まった俺。
一身に集まる視線に焦って泣きそうになったとき、山登がマイク握って客席に話しかけたんだ。
「みなさん、今ちょっとコイツ見て同情してないすか?ちゃいます。これ、作戦だから騙されちゃダメっすよ、そこのお姉さんっ! 可愛いフリしてアピってるだけっスからっ! な、絆っ」
なんてこと言うんだって思ったけど、客席の目が柔らかくなって、「絆くん超可愛いっ! 食べちゃいたいっ!」 なんていうのに「お姉さんっ! 食うなら俺が食べ頃っすからっ」なんてバカげたやりとりして。
そんで、さあ、いけよって俺を見た目は、あれからもずっと、折々で俺の心に力をくれる。
色々あったけど、何回も諦めかけたけど、なんとか高校を卒業できたのは山登が居たからだ。
だから、いの一番に卒業証書を見せたかった。
まあ山登がどんな顔して、どんなこというかは大体想像つくんだけどさ。
うちの学校の方が式終わるの早かったし、どうせ山登は同級生とかとグダグダするだろうからと、待ち合わせの時間短縮にわざわざバス乗って学校まで来たってのに。
なのに。
何をやってるんだ。
山登はどうやら後輩女子からの見送りを受けてるらしく、山登と、また同じヒエラルキーに属してるらしい友達らがキャーキャーと囲まれてる。
うちの男子校にはなかったノリだ。
……ふん。
キメ顔しやがって。
軽い私生活の悪評があるせいか、モテとは遠いなんて言ってたくせに。
なかなかどうしてモテモテじゃねえか。
花束抱えて、まるっきりアイドルの出待ち。
とっつくろった笑顔でまず胸から外したボタンを女子高生に渡し、そこからは何番目のは私のだなんだって、争奪戦の勢いだ。
何だよ。
あんなもん、ボタンなんか一時のテンションでもらいにきてるだけなのに。
どうせ引き出しの隅っこで他の野郎のボタンとニアミスするくらいが関の山なんだから、いちいち相手してないでさっさと出て来いってんだ、バカ山登。
このバス停、屋根があっても横から雪が降り込んでくんだよ、くそ寒いっ。
「ちょっと、あのバス停に居る子っ!見て見て。超可愛いっ」
「きれっ!かわいっ!色白っ!」
はいはい。
物心ついてからずっと言われてきてるから今更何も思わない。
嬉しいわけでも、腹が立つわけでもない、「本日の天気の話」みたいなもんだ。
勝手に盗撮されることも、もうどうでもいい。
今みたいに二人組みの女子は口説きにくいから、撮るもん撮ったらさっさと消えろくらいの心境かな。
例えばホテル行って3Pどうですか? とかってんなら喜んで相手するけどなぁ。メールからだLINEからだとかチマチマしたのは面倒すぎる。
なーんか俺に興味持つ女の子って乙女系多いんだよな。山登の周りには肉食系女子が多いのに。
そもそも山登の筆下ろしなんて去年の話なのにさあ。
しかも俺が無理から連れ込んで。
まあ、流石にあれは若気の至り過ぎだったって反省してるけど、でも、俺の知らないとこで俺の知らない女とハニカミあっての初体験なんて、嫌だったもん。
イくときの顔が見たかったとか、そういうのは……まあ、うん。
つか、遅ぇよ。
待ってんだよ、俺は。
もうボタンも全部やり終えたんだからさっさと出て来いよ。
卒業すんだから、もう愛想なんていらねえだろがよ。
───じゃあね。
なんて、山登の声が喧騒の狭間から届いて、歩き出した姿にやっとかって思ったら。
同級生らしき女子に押されたロングヘアの女子が、俯きながら山登の前に飛び出して花を差し出した。
───山登先輩のこと、入学したときから憧れてました! ボタンいただけませんか!?
緊張のせいで震えて裏返る、今にも泣きそうな声。
はい残念。
生憎ボタンは全部収穫済みで、もう袖までねえよ。
けど荷物で山登の体隠れてるし、本人俯いてるしで気づいてなかったらしい。
───悪い。ボタン、もうないわ。
証拠とばかりに手を開いて前を見せる山登に、女子は悲壮な顔して言葉を失ってた。
ざまあ。
とは思わないまでも、何で俺はちょっと喜んでんだろ。
まるでボタンをくれとすら言い出せなかった奴みたいじゃないか。
いや。だってさぁ。
遅いから。
寒いんだよ、俺は。
───あ、ちょっと待って。
待ってるっつの。
そりゃ、ここまで来たのは内緒だけど、俺がここに来てなきゃ、会えるのもっと遅かったんじゃないか。
どんだけ待たすつもりだよ。
まあ、そもそもは俺にかけられた言葉でもないけど。
「……なんだっ、それ」
つい声に出して突っ込んだのと、女子の悲鳴みたいな歓声みたいな声が上がったのは同タイムだったわ。
なんとまあ、山登が有り得ないくらいクサいことしたんだ。
手にしてた花とかの荷物を地面に置いたと思ったら、あいつ徐にボタンのなくなった学ランの上着を泣きそうな女子にかけやがった。
学ランを握りしめ、感極まって泣き出す女子に山登は何か口にして、お得意の、口角を綺麗にあげる男前スマイル。
はいはい。
カッコいいよ、山登は。
そんなクサいことしても、全然鼻につかないくらい。
でも、もういいから、こっちを見ろ。
俺は、ここに居るんだ。
そんな、結構お前の好みみたいな女子のことはいいから。
早くこっちを、俺を、見ろ。
くそ寒い。
絶対嫌みの一つも言ってやるんだからな。
切なる俺の願いが届いたってわけでもないんだろうけど、やっと山登がこっちを見た。
瞬間。
「……ずるいんだよ…」
まるでキラキラ光る太陽の光みたいな笑顔に、つい見惚れた。
こんで溶けない雪なんてあんの?
目を細めて、口を逆の三角にあけた、作りっけのない笑顔。
それが俺だけに向けられてるのが、想像通りだってのに、たまらなく面映ゆい。
そんなん見せて、何もかも振りきって駆け寄ってこられたら、イライラとか、ぶつける予定のもんがどっか行ってしまったじゃないか。
「なんでここに居んの? 駅で待ち合わせだったのに」
手放しで嬉しそうな顔するのに、居ちゃ悪いかとすら返せなくて、黙って手にしてた証書の筒を差し出した。
「おおおっ! おめでとうっ!」
これだって想定内の笑顔と言葉だったのに。
「はい。これ──よく頑張ったな」
大人っぽい声で、手に抱えてた花をグッと俺に押し付けてきたのは想定外。
思考が一瞬迷子になって、思わず受け取ってしまってから、「お前がもらった花だろ」と慌てて差し返す俺に、山登がキラッキラの笑顔を向けてきた。
「だって、絆の方が似合うもん。すげ可愛いし」
可愛いなんて言葉。
もう聞き飽きてるし、天気の話と同じだし、そもそも今日高校卒業した男が可愛いなんて言われて、嬉しい筈がないのに。
頬が緩みそうになるのは、その笑顔のせいだ。
「寒いんだよ、山登」
「いや、正直寒いわ。学ランって、結構暖かいんだな」
「バカ。寒いってのは、気温じゃなくて、山登の行動のことだよっ」
「はは。見てた? お、ちょ、これ、貸して」
シャツだけになってる山登は俺の首から勝手にマフラーを外すと、俺の体を後ろから抱いて、二人一緒に巻きなおした。
「何すんだ、バカ山登っ!」
「あー、暖けえー」
山登に取り残された女子の甲高い声に、山登の同級生やら、その他諸々の目が一斉に注がれた。
「ちょ、恥ずいだろ、あほっ」
「あ、バス来たし」
けど、手に花を抱えたところをガッチリホールドされて身を捩ることもできない俺の頭上で、山登は一層ばかばかしい声を張り上げた。
「ちょー!! 俺今からデートだから行ってくるわっ!! また連絡するからなーーーっ!」
なんてことを言うんだっ。
そんで。楽しんで来いよー、なんて軽いノリで返せるお前の友達も、いったいどうなってるんだっ!
「うーっ、マジ今日寒いのな。雪降るとかなくね?」
抱えられるようにして乗り込んだバスに並んで座り、マフラーを共有したままの近い距離。
「制服やったりするからだろ」
「ああ。もういらないし。あっちで適当に処分してくれるだろ」
「つか、山登冷たい」
「えー。俺ほどハートフルな奴いないと思うけどなぁ」
「そっちじゃなくて、物理的に」
お前の中身が暖かくなきゃ、誰が暖かいんだ。
「絆ちゃん、暖めて?」
「あほ」
「ははは」
見なくても。わかる。わかってるけど。
やっぱ盗み見るのは、その、お日さまみたいな輝く笑顔だ。
山登は知らないだろうから、俺がどんだけその笑顔が好きなのかは、教えないけど。
心まで溶かすような、陽光。
ずっと、俺を、照らしてて。
雪の日も。
曇りの日も。
どこにも。
行かないで。
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