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合宿2夜目−昼
「ゆゆ。いい感じだね」
昼間の稽古を終え、夜の通し稽古を控えるだけになった。
縁側で一人、やっと役柄の〈レイナ〉を脱ぐと、背後から涼しい声が掛かった。振り返らなくてもあいつだと分かる。
「アリガトウゴザイマス」
「今日もすごく感情が乗っていて、ゆゆに引っ張られたよ」
大根役者さながらの私の棒読みに引っ張られず、褒めてくるから本当に食えない。「ゆゆ」とで呼ぶ声は、昨年の今頃、縁側で聞いた響きのままだ。
この劇中、部長はキャスト全員を役名で呼ぶ、昼休憩中も帰り道も。役そのものになりきって貰うための秘策らしい。作戦は功を奏して、キャストだけでなくスタッフの熱意も湧き上がっているのを肌で感じていた。
うまく行っていないのは、多分、主役の私達だけ。今朝、照明担当のミルが悩んでいたあのシーンだけ、まだ上手くハマっていない。
「部長」
「ん?」
「どうして私のことは役名で呼ばないの?」
「勿論、ゆゆには必要ないからだよ。演者として俺より大先輩だし、女優として板付きだからね」
普段から演技がかっている。
「それとも〈レイナ〉って呼ばれたいのかな、ゆゆは」
役では恋人同士なのに、どこか距離を感じるその挑発的な物言いに、
「〈ケンジ〉」
私は敢えて、恋人である役名で呼び返した。
「昨晩、見ていたでしょ私のこと」
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