本編

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 副会長の人睨みで、一気に静かになった手当て場。アキちゃんのため息が、隣から聞こえてくる。悉く、貧乏クジを引かされてる養護教諭だ。 「とりあえず、巻と山谷は時間的に大丈夫なのか?」  うんざりしながらも、腕時計を確認するあきちゃん。俺もチラリと校庭にある時計を確認。 「うわ、俺らの組もうすぐじゃん!? 巻くん行こう、もう開始時間迫ってる」 「ん? お、そうだな! じゃあ行ってくるぞ!」  巻くんと一緒に、俺らの組の集合場所へ駆け寄った。  チームのメンバーを見る限り、俺たち以外のチワワ率が高い。主戦力となるゴリラ達が居ないのは、実際キツイかもしれない!  いつもならゴリラ共の、ドン引くくらいの怪力も今となっては羨ましい。だがしかし、チワワの健脚を侮ってはいけないのだ! どこまでも獲物を追い回し、時には頭を使って味方を制裁する。  いや、まて後者は色々とダメなやつでは?  チワワの闇に気が付かないふりをして、相手は誰だろうと、相手チームの集合場所を覗く。すると、そこには透と大牙の2人が。  珍しい組み合わせだ。2人ともクール系の男どもの為、お互いに無関心だけど!  それに、相手チームはチワワ率が低いぞ!?  え、不利じゃね???   12対12のゲームなのに、こちとら12人中の10人がか弱い男の娘達ぞ?!! 「ん……?」  ぐぬぬ、とこれから行われる試合を想像して唸っていたら、背後から絡まるような視線を感じて振り返る。しかし振り返った先には、3年のチワワ達が応援のうちわをパタパタさせているだけだ。絡みつくような視線は感じない。そして、振り返った俺を見て、悲鳴を上げている。  ごめんって……そう邪険に扱わないでェ! 「どうしたんだ?」 「いや、なんでもない。それよか、相手は運動神経抜群の野球部ゴリラ達が多いから、巻くん気を付けて」 「そうなんだな! 了解だぜ!!」  巻くんとコソコソと作戦を立てていたら、透がこちらに気が付いたらしい。そして、ニヤっとバカにしたように笑った後、口パクで言う。 『負けた方がジュース奢る』  まるで、もう自分の勝利が決まったかのような、清々しい笑顔だった。そんな大煽りに俺の忍耐が持つはずもない。 「よし、巻くん。アイツぶっ潰そう!」 「お、おう? なんで笑ってんだ?」  こちらも清々しい笑顔で透に向き合う。  望むところだボケェェェ!!!! ▶☆◀▶☆◀▶☆◀  審判の笛の合図で、先制攻撃を勝ち取ったクール系(大牙&透)チームから、殴りつけるようなボールが飛んでくる。  その豪速球が、容赦なくウチのチワワに向かう。が、待ってましたとばかりにチワワが、そのボールを掴んだ。  うわぁ……すげー……聞いた事ない音がした……。 「きゃーー! 透くんのボール受け止めちゃったっ!」 「えー、ズルいー! 次は僕が取るんだからっ!」 「ボクは大牙くんのボールが取りたいなぁ!!」  ここで思わぬ誤算だ。チワワが逞しすぎる。  その逞しさに、ボールを投げた透本人も唖然としていた。 「す、凄いっすね……け、怪我とかしてないっすか……??」  思わず謎口調になってしまった。 「あ、怜海くん! 心配ありがとー! 大丈夫だよぉ。でも、投げるのは得意じゃないからお願いしてもいいかなぁ?」  3年生のチワワさんだったようで、俺にもフランクに接してくれた。チワワさんからボールを受け取り、困惑しながらも相手の野球部を狙って投げる。  恐らく利き手ではないだろう左腕を目掛けて、コチラもボールを投げつけた。 「おらぁぁあ!! 正午の紅茶ぁぁぁあ!!」  透に奢ってもらうジュースの名前を叫びながら、全身でボールをなげる。すると、左手肩に当たりボールは地面に落ちた。  1人を外野へ送る事が出来て、まずは優勢を掴み取る。  そして、落ちたボールを今度は大牙が掴む。それから流れる様に、綺麗なフォームで素早くボールを投げる。手首のスナップを効かせているのか、ぐりんっと曲がってコチラも1人チワワちゃんがやられてしまった。  わー!!   なんと華麗なボールの軌道ぉぉぉ!! 「こうなったら仕方がない! 巻くん頼むっ!」 「おっしゃ! 任せろ!!」  チワワ達からボールを受け取った巻くんは、大牙と同じく勢いのままに、ボールを投げつける。すると、そのボールを簡単に取った野球部2号が、カウンターを仕掛けてくる。勢いのあるボールが俺の方に来て、避けられないっ、そう思った瞬間。 「モブは引っ込んでろォォォ!!! お前の靴の中に、一生小石が入り続ける呪いを掛けてやる!!」  小柄なチワワ?くんが、俺の前にやってきてそのボールを掴んだ。そして、野球部2号のカウンターに対して、カウンターを返す。 「すげぇな、おい」  モブと呼ばれ、挙句の果てには顔面にボールがクリーンヒットした野球部。落ち込んで外野へゆく2号を見届けて、目の前のチワワくんが振り返った。 「山谷様、お怪我はございませんか?」 「え、あ、うん……お陰様で」 「それは良かったです」  確か同じクラスの……新栄(しんえい)なんちゃらくんだった筈……品のある人ってイメージで、クラスでもあんまり目立たない人だ。  見てはいけない所を見た気がするが……見なかった事にしよう。そうしよう……。  オレハ、ナニモミテナイ。
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