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逃げるように生徒会室を出た俺は、其の儘の足で保健室に向かった。終わらせた書類を提出しなければいけないが、体調が悪すぎて一度寝てから出すことにした。一定だった生活リズムが一気に狂ってしまったからか、以前は余裕だった徹夜も今はキツい。俺、おじいちゃんかな?
豪華絢爛な学園の装飾に似つかわしくない、保健室の扉を開けるべく手を伸ばす。
保健室には、男を何人も連れ込んで、ヨロシクやっているお兄さんなど居るはずもなく。
ただ脱力して、やる気の感じられないイケメンが保健室という名の、城を構えているのである。
担任の九重先生よりも更に、気だるげで常に脱力している保健医。顔はイケメンだというのに、常に顎にかけられたマスクがソレを台無しにしている。名前は影内 晃。実は、一年の頃に貧血でぶっ倒れて以来、俺は保健医ことアキちゃん先生に目をかけられている。まぁ、アキちゃん先生の前なら、優等生モードも幾らか緩められる。
「アキちゃん先生。頭が痛いから、ベット貸してぇ」
「ん……山谷か。顔色が悪いな、熱は?」
「分かんない……多分、寝不足?」
アキちゃん先生は俺の様子を見てから、ベッドのあるカーテンをシャッと開けて、軽くベッド上を整え始めた。俺はそれを見ながら、体温計で熱を測る。
「ん〜、熱はない」
「そうか。ほら、いいぞ好きなだけ寝ろ」
「ありがとうございます」
俺はアキちゃん先生と入れ替わるようにして、カーテン内へ入っていく。先生は寝転がった俺を無表情に見てから、カーテンを閉めてくれた。
「あ、忘れてた。山谷?」
「ん……なんですか」
「俺、次の時間から放課後まで本島に出張だから。今日中には戻るが……しんどいなら早退しろよ?無理しても長引くだけだ」
「了解っす……頑張って……ください……」
「お前、半分聞いてねぇだろ」
「そんなことない事もない……です」
俺はアキちゃんがため息を吐くのを感じながらも、閉じゆく瞼に抗えずそのまま寝落ちたのだった。
▶◀▶◀▶◀▶◀▶◀
どれ程寝ていたのだろうか。誰かに名前を呼ばれる声がして、意識が浮上する。呼吸する度に、保健室特有の薬品の匂いが鼻腔をくすぐる。
「怜海ちゃーん」
「……ん…?」
ふわふわとした意識の中で目を開ければ、ベッド隣の椅子で俺の顔を覗き見ているチャラ男がいた。目覚めて最初にしてはカロリーが高い。まぁ、イケメンなのはいい事ですけども。相手が、朝比奈さんじゃなきゃね。
「ふふっ……寝起き可愛いーね?」
「……なんで、朝比奈さんが居るんです?」
「うーん、なんでかなぁ?」
未だにシャキッとしない俺の頭に呼応する様に、朝比奈さんもハッキリしない答えを返す。
「ん……?」
「ははっ。ホント、寝起きの怜海ちゃんは可愛いね。俺はね、アキちゃんを探しに来たんだよ〜」
俺は目を擦りながらベッドから上体を起こして、パイプ椅子に腰掛けている朝比奈さんと向き合う。
「あー。アキちゃん先生なら、今日は本島の方に出張があるって行きましたよ?」
「えぇ〜!? マジか……結構急ぎの用事なんだけどなぁ……?」
「放課後には戻る、みたいなことは言ってましたけど……」
俺は項垂れている朝比奈さんを、励ますように云った。すると朝比奈さんは、俺の方を見て笑う。
「へえ、そうなんだ。ところでサトミくんは、何でここにいるの? サボり?」
「いや、違いますよ。頭痛が酷かったんで、休ませて貰ってただけです」
「ふーん、もう大丈夫なの?」
「はい、もう大丈夫で……す?」
俺は言いながら、朝比奈さんに押し倒されてしまった。
……いや、待て待て。病み上がりの後輩に何してくれてるの? なんか朝も似たような事を、会長からされたなぁ。俺はこういう事をしてる所を見る、壁になりたいって願望はあるけども。
当事者になるにはまだ心の準備がっっっ!
(そうじゃない)
「あれ? 慣れてるね〜? 怜海ちゃんって結構、経験ある感じ?」
何言ってんのぉぉお!? 今の俺の何処の状況を見て、そう判断したんですか? 黙ってるから?
パニクり過ぎて、思わず黙って押し倒されてるから!? 俺、なんの経験も無いよ!?!?
あ、知識はあるかもだけど!
「いや。男に押し倒されたのも、ここまで顔を近付けられたのも初めてですよ?」
「えー? そうなの? やけに落ち着いてるね」
そう言いながら、朝比奈さんはイタズラに目を細める。イケメンめ……いま自分がどんな相貌をしてるのか、またソレがどれだけ似合ってるのか理解した上でやっている。
確信犯だ!!
「いやいや、落ち着いてる訳ないですよ! 今でも取り繕うのに必死ですしっ!!」
「なにそれ、かーわい♡」
俺は段々と近付いてくる顔に危機感を覚えて、朝比奈さんの胸を押す。しかし、寝転がったままでは大した力も出せず抑え込まれてしまう。
そして近付いた顔が耳元に埋まると、右耳を舐られた。
「っっん……!?」
耳輪から耳朶をなぞる様に舐められだけだが、未知の感覚過ぎて驚きと擽ったさに身体が跳ねた。やべぇ、ビビった……どうしよう?
どうする? 鳩尾に一発入れる!?
声、出たの聞かれたよな? というか、この状況ヤバいよね? 俺、喰われるの?
へ? 嫌だよ?
喰われる気なんかサラサラねぇよ!!
俺は再び朝比奈さんの胸を押しながら抵抗するが、あっさりと両手を朝比奈さんの片手で抑え込まれる。このチャラ男、当たり前だが慣れていやがるっっ!
「ふふっ……怜海ちゃん、余裕が無くなってきたみたいだけど?」
「いや、抵抗してるんです! 全力でっ!!!」
言いながら、近付いてくる綺麗なお顔に頭突きをしようと身構える。
「おい……盛るくらい元気なら、とっとと帰れ」
突然カーテンがシャッと開いて、出張に行ってる筈のアキちゃん先生が朝比奈さんの首根っこを掴んだ。お陰で頭突きはせずに済んだ。
いや結構本気で、頭かち割るくらいのをしようとしてたからさ?
「あ、アキちゃん居るじゃん! 帰ってきたところ申し訳ないんだけど、今から怜海ちゃん食べるから2時間くらいココ空けてくれない?」
はぁ!? 何言っての、このチャラ男会計!? そういうのはまず、本人に確認を……じゃなくて!! そういう事、する相手を俺に決めるな!
それに保健室プレイは嫌ですっっっ!
ハラハラする感じのは、正直見るのも読むのも苦手なので!(嘘です好きです)
「ほー? 朝比奈、お前は俺に仕事をサボれと? 今から泉を呼んで捕まえて貰うぞ?」
「あー!! うそうそ! 冗談だって!!」
いや、それこそ嘘だろ。半分本気だったろうよこの人……。ああ、アキちゃん先生戻って来てくれてありがとう。
お陰で俺の処女が守られた。
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