本編

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ガタンッと大きな音を立てて、入ってきた巻くん。そして苦笑いを顔に張り付けた俺と、酷く鬱陶しげな顔をした大牙。そしていつも通りの、爽やか笑顔を浮かべた翔太。 そんな俺達を見つけて嬉しそうに笑った巻くんは、相変わらずの大きな声で俺の名前を叫んだ。 「さとみぃぃぃぃぃ!! ここにいたのか!!」 「え、まてまてまて!!!!」 思い切りタックルを決めに来る黒毬藻に、俺は血も涙もなく大牙を盾にした。 そんなクズにも紳士な大牙は、黒毬藻をわしづかみして止めてくれる。 「ん、なんだよ大牙! そこ、どいてくれ!!」 「お前、煩い。急に人に突進したら危ないだろ?」 「あ、そっか……大牙はケガしてないか?」 マイペースな巻くんに、大牙は可哀想なものを見る目でため息を吐いた。気持ちは分からんでもないが、本人を目の前にしてその対応はやめてやれ。 「あ~、優太くんも逃げる側?」 気を使った翔太が、巻くんに話しかける。 「いや、俺は鬼だ! 怜海が逃げる側なら、捕まえたいと思って探してた!」 「うえ!?!?」 巻くんの爆弾発言に、思わず叫んでしまう。 大牙の後ろに隠れていた俺に気付いた巻くんは、ぱぁぁっと効果音が付きそうなくらいに笑顔になる。 いやいや、今まで正直忘れてたでしょ!! 「怜海!! 良かった居た! 怜海は鬼か?」 「いや~、えっと。今、鬼になったっていうか……今すぐにでも鬼になりたいっていうか……? でも、実は逃げる側だったていうか?」 俺は隙をみて、じわじわと教室から出ていこうとしながら、巻くんから視線を離さない。多分視線を離したらダメな奴だ……本能で分かる。何故って? 巻くんの視線が、俺の手首に付けたリングを捉えたからだ。 そう、かくなる上は逃亡のみ! 「巻くん、ごめんっ! 俺は授業を免除したいっ! さらば!!」 「あ!!」 俺は巻くんに言い残すと、バッと振り向いて全力で逃亡した。 しかし、後ろからめちゃくちゃ速い足音が……っ!! この黒毬藻、侮れん!! めちゃくちゃ足が早い!! 俺は地獄の中庭を抜け、渡り廊下の階段を駆け上がる。コッチは死にそうだというのに、真後ろで叫び回って俺のことを追いかけて来る巻くんは全く息が切れていない。 なんっでだっっ!?!?!?! うう、頑張れ! 頑張るんだオレ! 中学の時には50メートルを、6秒台後半くらいのタイムで走ってたじゃねーか!! そこそこ、クラスでも早いな、って褒められるくらいのタイムでっっ!! ほら、頑張らんかい!!! 自分を鼓舞しつつ、今度は何処かも分からない階段を駆け落ちるように、降りていく。 すると、目の前から真紅の髪の毛が……! 会長じゃないか!! 「会長ぉぉ!! ちょっと背中失礼しますっ!」 「あ?」 意味が分からないといった表情で、立ち尽くす会長の真後ろでしゃがみ込む。すると、曲がり角から顔を出した巻くんが、会長とぶつかった。 「うおっと! ごめん、大丈夫か??」 「あ? お前確か……転入生だったな?」 「お、俺のこと知ってるのか!?」 会長と多分一回合ってるはずなんだけどな、巻くん。すっかり記憶から抜け落ちちゃってるよ。 その会長はというと、俺の意図を何となく察したようで、俺があっちへ逃げたと巻くんに誤報告をしてくれた。 巻くんは俺に気付かないまま、俺の亡霊を追って行ってしまった。 「ふぅ……会長、ありがとうございます。助かりました!」 「お前、逃げる側だったのか」 「そうなんです。さっきは走る災害から逃げてました、会長は?」 「俺は鬼なんだが、殆ど逃げてるから分からん」 「ここにも、企画委員会の努力を無に帰す男が……」 ため息混じりにガリガリと頭を掻いた会長は、窓の外から会長を探し回っている親衛隊のみんなを見た。 横顔が彫刻や、もう作り物やこれ……写真におさめたろ。 半分ヤケな感じで会長を撮れば、シャッター音でこっちに気付いた。 カメラ越しに俺を見てくる会長が、意地悪くわらう。ああ、なんか嫌な予感が。 「俺の横顔はそんなに綺麗だったか?」 「ええ、もうヴィーナスかと思いましたね」 「怜海。俺は逃げてると言っても一応、鬼だぞ?」 「ええ、そうですね。今とても逃げようと思ってます」 俺をジワリジワリ壁に追いやりながら、ニヤニヤしている会長を目の前に全力で抜け出す方法を考えている。 しかし、会長はすっっっっごく楽しそうに笑っている。こんちくしょうめ!! 遂に俺を追い詰めた会長は焦らすように、俺には触れずに壁に手をついて、壁と会長のサンドにしてくる。そして、耳元で囁く。 「お前になら、俺の一日をやってもいいんだがな?」 「……会長、すみません。離れてください。俺は会長のような(副会長とか、風紀委員とかを啼かせてそうな圧倒的攻めな)人に迫られたくはないです。あと会長の1日なぞ、いらん!!」 俺は内なる声を心の中で云ってしまい、言葉がやばい事になっているのに気付けず、会長に伝えてしまった。しかし、この時の俺は気付かない。 冷や汗だらだらで、一刻も早くこのまずい状況から逃げ出したかった。 「では失礼、会長!」 会長に断りを入れて、俺は息を吸い込んだ。そして思い切り叫ぶ。 「みんなぁ! こっちに会長がいるぞぉぉぉ!」 「あ"、お前っ!?」 珍しく動揺している会長の腕から抜け出して、俺も再び全速力で走り始める。 俺は授業免除をもぎ取るんだ!!! すまんな、会長!!
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