その女、屈強につき

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その女、屈強につき

 マルクトへ向かう為、馬車に揺られる二人。 「流石、トライコーンの馬車は早いわね。」 ゴトゴト揺れる馬車は快適ではないが移動手段としてはこれが一番早いのだ。 「お客さん、観光かい? マルクトだなんて今は流行病で廃れてみるものなんてないのに。」 嫌味ったらしく御者が振り返って笑う。 「…知性も品性ものカケラもない。 トライコーンが選ぶのも明白ね。」   「何故、トライコーンが選ぶってわかるんですか?」 アゲートが聞くとスピネル夫人は笑顔絵で答える。 「それはね、ユニコーンは純潔。バイコーンは不潔。ここまでヒントを与えればわかるでしょ?」   「うーん、例えるなら愚鈍とか?」 アゲートがそう答えると御者の眉がみるみる間に吊り上がる。 「オイ、俺を馬鹿にすんなら降りろ。」 「あら、気を悪くしたのならごめんなさいね。 でも、バイコーンよりマシよ。 あれは宗教を信じる清廉潔白な人を餌にして醜悪な奴を唆して自分の同類にしてしまうんですもの。」   その言葉に御者は顔を青くして黙り込む。 「…俺、愚鈍で良かったのか?」 首を傾げながらも彼は納得し、馬車を進めるのであった。   マルクトについた二人を出迎えたのは寂れた街だった。 「御者の言うことはどうやら本当だったみたいね。」 「ほ、本当に人が住んでいるのでしょうか?」 アゲートが辺りを見回して誰かいないか呼びかけるが返事は帰って来ず。 「取り敢えず市長にお会いしましょう。」 不気味な雰囲気にもかかわらず、スタスタと歩くスピネル夫人。 彼女の心臓は鋼なのかもしれない。 そう思ったアゲートだった。 マルクト市役所。 「ごめんくださいまし。」 呼び鈴を鳴らすが誰も出ない。 「ごめんくださーい!」 アゲートが叫んでもうんともすんともしない。 「アゲート、腰に下げた銃の使い方はわかるわよね。」 「は、はい。」   「嫌な予感がする。 いい、自分の身は自分で守るのよ。」 そう言って勢いよくスピネル夫人は市役所のドアを勢いよく開く! 彼女の予想通り、グールが辺りを取り囲んでいた。 「フン、グールにまさか占拠されてるとはね。」 胸元からレイピアを取り出して彼女は走り出す。 「ま、待ってくださいマダム!」 慌ててその後を追いかけるアゲートだがグールに取り囲まれる。 「こ、この!舐めるなよ!」 屁っ放り腰だがアゲートは銃を構えてグールに応戦する。   「はぁ!」 グールを横一線だけで薙ぎ払うスピネル夫人。 その気迫にグール達は怯えるように後退りする。   『グルル!グル!』 グールの群れの一匹が司令塔のように他のグールを従える。 アゲートを狙って飛びかかるが。 「雑魚が!!」 スピネル夫人がグールを蹴散らす。 パチパチと拍手がどこからともなく聞こえて来る。 「流石、スピネル様。 ロゼッラ騎士団の隊長格は実力が違いますね。」 仕立てのいいスーツを身にまとい、金糸のような髪をオールバックにした紳士が部屋の奥から出てくる。   役場という場所に不釣り合いな出立ちにスピネル夫人の眉が吊り上がる。 「アウルム、お前の仕業か!!」 「そんなに怒らないで。 喧嘩を売りにきたわけではないんですよ。」 アウルムと呼ばれた紳士はアゲートを品定めするように頭の上から爪先まで舐めるように見つめる。 「ほう、ほぉう。これはまた磨けば上等になりそうな子ですね。 売りに来たのですかこのマルクトに。」   「汚い手で触るなワタクシの甥っ子に。 で、裏切り者のくせにノコノコ目の前に現れるってことは死にたいってことだよな。」 レイピアを差し向ける夫人にアウルムはほくそ笑む。 「いやはや、この街はもうクランケの街と化しているのにそれすら気づかないというのはロゼッラ騎士団も落ちたものですね。」   彼の合図と共に闇から獣が現れる。 それもスピネル夫人よりも大きく役場の天井をメリメリと押し上げ唸る。 『グオオオオオァアアア!!』 「フン、馬鹿の一つ覚えね。 アゲート、下手に攻撃せずワタクシから離れないで。」   「はい、マダム。」 夫人がレイピアを構えた瞬間獣の太い尻尾が彼らを鞭打つ! 軽々とアゲートを抱えたまま、それを避ける。 「しばらくそれで遊んでいてくださいな。 ではごきげんよう。」 「ま、まて!」 紳士を追いかけるアゲートだが小鬼に阻まれ逃げられる。 「離れるなと言ったわよね!バカ!」 「マダム、ザコら任せてください!」 瓦礫を伝い、小鬼の攻撃を交わしつつ、銃で正確に撃ち抜く。 『キャウン!』 「…呉々も油断しないように。」 牙を剥いた獣が夫人を食い殺さんと大口を開く!! 「躾のなってない獣ね。 技を使うまでもない。」 瞬間、婦人は跳びが上がり、獣の脳天にレイピアを突き刺す! まるで最も簡単に獣を串刺しにするのでアゲートもグールもあんぐりと口を開ける。   『グルル、グルル。』 『グ、グル、グルル!』 群れの長だと思われるグールが撤退と言わんばかりに役場の窓を突き破って一目散に外へ出る。   「さ、アウルムを追うわよ。」 そう言って腰が抜けてへたり込んでいるアゲートを抱き起こす夫人なのであった。   【next to Kranke?】   用語集   トライコーン ユニコーン、バイコーン同様の幻獣。 馬の様な見た目に三つの角がある。 愚者を好み、賢者を殺して食う性質を持つ。 グール クランケの下位種。なり損ない。 獣型のクランケより弱く、一般人のピストルで勝てるレベル。   ロゼッラ騎士団 クランケを狩る自警団。 依頼を受けたら西へ東へと忙しなく旅をしてクランケを狩るのが仕事。   アウルム・ルーク かつてロゼッラ騎士団に所属していた趣味の悪い紳士。 アウルムはラテン語で「金」という。 彼の目的は今の所不明。
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