その女、巨人につき

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

その女、巨人につき

 それは突然のことだった。 「ごめんあそばせ。」 真っ赤なドレス、バラを散らしたピンヒールを纏い、教会をまるで洞穴のように屈んで通り抜ける女性。   女性というにはあまりにも大きく、男性というにはしなやか過ぎる佇まい。 母の葬式だというのに余りにも華やか過ぎる服装。 誰しもが不釣り合いだと口々に言う。 「ちょ、ちょっと貴方!一体なんのつもり?!」 叔母さんが通路を割って止めに入る。 「ハッ、何のつもりって一億五千万リチャ、そこの死体から取り立てにきたのよ。」 棺に眠る母を見下ろして紅の女性は鼻で笑う。 親族の誰もがヒソヒソと白い目で棺のそばで泣いている息子をみる。   「一族の恥だ。」 「やっぱりアバズレの子ね。」 「穢らわしい子。」 「悪魔よ悪魔。」   口汚く母を失った息子を罵る親族。 どんなに滑稽な葬式だろうか。 「アハハハ。なんならここにいる親族全員の財産でルビネルの借金を支払ってもらっても結構よ。 子供を罵るような獣に要はないの。 ねぇ、坊や。歳は幾つ?」   大女は息子を抱き上げて聞く。 まるで獲物を食らう獣のように鋭い赤ガチの目で睨まれ、息子は怯える。 「な、7歳。」 「そう、よく言えました。 でもねぇ。アタクシ、バカは嫌いなの。 いくらあんたがアタクシの甥っ子だとしてもバカなら引き取らないわ。」 「そんな…。」   彼の顔に絶望の色が浮かぶ。 そんなのお構いなしに大女は話を続ける。 「でもねぇ、坊やにチャンスを与えるわ。 養って欲しかったらこの親族の中で誰がルビネルを殺して死体を隠したか教えて欲しいの。」   「ちょっと待ってくれ!ルビネル姉さんは自殺だと自警団の奴らから聞いてる! それにお前は勘当されたはずだ!」 親族の中の男が立ち上がる。 その男を見た瞬間、大女は笑いを堪えられなかった。 「ギャハハ、それ本気で言ってるの? アンバー。流石バツニの男は違うわね。 で、坊やこの中にお母さんを殺した人がいるかしら?」 辺りをぐるっと回り、一人一人の顔を見つめる息子。 そして彼はゆっくり、真っ直ぐ、指を刺した。   「じいじ。」 そう、指さされたのはルビネルの実の父親だった。 「嘘よ!」 「デタラメだ!子供のことを信じるな!」 「誰か!こいつらを追い出せ!」 顔を真っ赤にして叫ぶ親族の中、じいじと呼ばれた老人は顔を真っ青にする。 カツコツとヒールの音が教会に鳴り響く。 まるでそれは死刑を執行する死神が近づく様な絶望の響きを彷彿とさせる。   「オイ、クソ親父。 アタクシの妹の死体をどこへやった?」 「う、ううむ。」 いい籠る父親に侮蔑の視線を送る娘。 「いい加減にしなさい! アンタが一族の長子だって好きにはさせないわ!」 金髪の女性がキャンキャンと大女に噛み付くが彼女は呆れた様に軽く足で遇らう。 「アンバーの嫁の分際で喚くな売女。 で、親父の皮を被ったクランケさん。 正体を表したらどうなの?」 瞬間、老人の背中からケモノが飛び出す。 『グルル。』 唸り声を上げてむしゃりむしゃりと老人を喰らい尽くす。 「きゃあああ!」 「お父様ぁ!」 「誰か!この獣を殺せぇ!」 発砲音が響き渡る。 誰かが銃を抜いたらしい。 だが、大女は平然と獣に近づいていく。 「フン、カニバリズムにインセストを発症し、クランケに喰われたか。 何がテゾーロ一族の恥だから追放だ。 お前の醜い姿の方がよっぽど一族の恥だよ親父。」   ブツブツと専門用語を呟き、胸元からピストルを取り出す。 諭す様に花向けの様に彼女は静かにシルバーのピストルを獣に向ける。 「せめてもの花向けだ。」 『クソがああああ!!』 パンっと乾いた銃声が教会に響き渡る。 逃げ惑う親族共を横目に彼女はふと足元に縋っている甥っ子を見る。 「ねえ坊や、もし君が望むのならこのまま引き取ってもいいわ。 復讐も済んだことだし、アンタには一応恩がある。 だが、アタクシは聞き分けのないクソガキは殺したいほど嫌いでね。 今ここでこの薄情な連中のたらい回しに遭うかアタクシと来るかどっちか決めてもらえるかな。」   にっこりと彼女は笑うが目が笑っていない。 だが、彼は薄らと覚えている母の面影に似てどこか安心感を感じるのだった。 「僕、あなたと一緒がいい。 きっとここにいるおじさんもおばさんも僕のこと嫌いだと思うから。」   キッパリと彼がいうと大女は腹を抱えて笑い始めた。 「あっはっはっは〜。さ、流石は我が妹の息子だ。 人の気持ちを察するのは大人より勘が鋭いのかもねぇ。 アタクシはスピネル。 坊やの名前は?」 大女は甥っ子を抱き上げて何事もなかったかの様に自己紹介を始める。 「アゲート。アゲート・テゾーロ。」   これがスピネル夫人とアゲート少年の出会いであった。 それから約3年の月日は流れる。   「アゲート。アゲート坊や。」 呼び鈴を鳴らして夫人が少年を呼びつける。 するとどこからともなくアゲート少年は現れて跪く。 「はい、マダム。」 彼の従順な姿勢に気を良くするスピネル夫人。 「今日は南のマルクトまで行くわ。 コーディネート、頼めるかしら?」 彼女がにっこりとお願いをするとそそくさとタンスを開いて召し物を探すアゲート。   それはまるで息子というより従者と言った方が妥当だろうか? だが、彼はその地位で満足しているのである。 「マダム、本日はバラをあしらったベルラインドレスはいかがでしょうか? 靴はこちらのベルベット生地の13センチヒールのものを。」   そのコーディネートにさらに気を良くしたのか口元だけ笑い受け取る夫人。 「成長したわね。」 着替えに入る夫人を見送ってアゲートは外へ出るのであった。   【next to Kranke?】   ここまでの用語解説   リチャ この世界のお金の単位1リチャ=100円として考えてもらうと幸い。   テゾーロの一族 現実世界ではイタリア語で「宝物」「大切なもの」の意味だがこの話では大富豪の一族として名を轟かせている。   カニバリズム 現実世界では人肉食主義の事だがこの話では病気の一種。 悪化するとクランケと呼ばれる怪物になる。 クランケについては後述参照。   インセスト 現実世界では近親相姦の意だがこの話では病気の一種。 悪化するとクランケという化け物になる。 クランケ 化物の総称。 精神異常の病気を極限まで悪化させると人間から生まれる悪魔。 姿形はその人の欲望によって変わる。 マルクト この世界での最南端の街。 文明が少し劣っており、陽気な人種が多い。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!