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ただの日常
そのうちの一人が店の中から走って来ると、私の手首におしぼりをあてて立たせてくれて、力の入らなくなった私の体を何とか支えながら歩き出す。
しゅん君の奇声、叫ぶ声を背中に、彼は西武新宿線の駅の方まで私を連れて行くとタクシーを拾って、一緒に乗ってくれた。
「お家どこ?」「病院行く?」「まだあいてないか…」「とりあえず家に帰ろう」なんて優しく声をかけてくれた。
酔ったまんまの私は泣きながら、次から絶対こいつに指名変えしてやる、と、しゅん君が店を辞めでもしない限りできもしないことを考えた。
その彼が呟く「どうして俺っていつもこんな役なんだろうなあ」なんて言葉を、ヒリヒリとする目元に涙をためたまんま、ぼんやりとした頭で聞いていた。
彼はしゅん君に殴られた女のコをこうして送って行ったことが今までもあったのだろうか、なんて完全に酔っぱらったまんまの頭で考えた。
もうホスとクラブなんてやめとけばいいのに、優しい言葉には裏があると決まっているのに、それでも私はホストクラブに通うことを辞められそうにはなかった。
いつでも心のどこかが埋まらなかった。
心細いまま、行き場のないまま、居場所のないまま、寂しいまんま、生きていた。
自分に自信がなく、自己肯定感は地よりも低く、生きる目的も見いだせないまま、ただ似たような死にたいだけの割には元気すぎる衝動性で生きている毎日を繰り返す日々。
そんな日々にちょっとだけいつもと違うことが起きただけだ。
なんてことない。
なんにも、変わったことなんかじゃない。
だから、私は平気なのだと、こんなことくらいどうってことないのだと、恥ばかりかきながら、どんどん常識は麻痺して行く。
そう言う街だ、ここは。
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