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「てかさ、岬ってわりとロマンチストだよな」
「それは賢二の方でしょ」
「いや、岬の方だろ。読んでる小説もファンタジー小説だし。それに今の岬、ここ最近で一番楽しそう。そんな顔、久しぶりに見た」
楽しそうな顔を久しぶりに見た?
「別に、いつも楽しいよ。そりゃまあ確かに、毎日適当な感じだけどさ。楽しくないわけじゃない」
私は普段元気よく笑うこともないのだけれど、楽しくないわけではないはずだ。
特別楽しいわけでもないけれど、そこそこ楽しい。
そんなある程度楽しい毎日を、ただなんとなく過ごしてるだけだと思ってる。
それだけだと、思ってる。
「岬ってさ、結構しぐさに出るよな。髪いじってるときは大抵作り笑いだよ」
賢二の澄んだ眼差しが私の瞳の奥を貫いて、心の内を覗く。
ただ隣にいるだけだと思っていたのに、賢二は思っていたよりも私のことを見ていた。
「よく見てんじゃん」
「まあ、彼氏だし」
賢二の瞳を見つめながら、私は心の扉を開く。
「なんかさ、思うんだよね。なんとなく楽しくて、なんとなくけだるくていいのかなって。私、なんだか味気ないんだよね」
別に毎日がつらいわけでもない。
でも、特別楽しいわけでもない。
そんな私は、まるで白い一枚の紙きれのように薄っぺらいんだと思ってた。
賢二の隣にいるのも、ただなんとなく居心地がいいからだ。
「別にいんじゃね。俺もそうだし」
「賢二も?」
「大学目指して勉強してるけど、なんていうかさ、将来のデカい夢とかあるわけじゃないんだよね。ただ、将来のこと不安だから、勉強してるだけ。だから、なんとなく不安だから、不安を消すために勉強してる感じ」
知らなかった。
賢二は具体的にどうして大学に進みたいのか、あまり話してくれなかったけど、賢二は賢二で漠然とした不安を持っていた。
私は隣にいたはずなのに、まるで知らなかった。
今度からはもっと気にしなきゃなって、なんだかそう感じる。
「だからさ、俺、こうするんだ」
賢二は、ベンチから立ち上がって、漆黒の海に向かって大きく叫ぶ。
「岬のおかげで、なんとなく、楽しーーーー!」
大きな声が、煌めく水面を揺らした気がした。
黄色く華やかに光る海が光を増して煌めく。
その水面の揺れが私の心に伝わって、ジンと響く。
澄んだ声に導かれて、私の濁った心に浮かぶ小さな欠片が、一つ、また一つと、煌めきだす。
なんとなくの毎日が、ありきたりな時間が、けだるい心が、輝き始めた。
私はずっと、なんとなくこのままじゃダメなんだと思ってた。
だって、なんとなく楽しくて、なんとなくけだるい毎日は、退屈というわけでもないのだけれど、どこか味気ない。
でも、賢二はそんな毎日を大事にしようとしてくれている。
「この浜辺なら、誰もいない。だから、苦しくなったら、二人でここに来よう」
熱い潮風が賢二の髪を吹き抜けて、私の結った長い黒髪を大きく揺らした。
「岬には、心からなんとなく笑っていてほしい」
賢二は私との時間を、私が思っていた以上に大事にしてくれていることに、今気が付いた。
なんとなくの毎日を大事にしてほしいと、賢二の澄んだ眼差しが私に呼びかける。
私の心の濁った水面が輝いて、瞳に無数の星が煌めく。
それはまるで、漆黒の海に舞う夜光虫みたいに輝いて瞬いた。
けだるい毎日が、なんとなく過ぎていった毎日が、いつか深い海の底に沈んでも、色褪せずに輝いてくれるような気がした。
だって、こんなにも賢二を見つめる私の眼差しは、輝いているから。
なんとなくでいい。
なんとなくでも、青春は輝ける。
私も、なんとなくの毎日を大事にしてみようかなって、そう思った。
だから、私はベンチから立ち上がって叫ぶんだ。
「なんとなくは、よ! け! い!」
腹から出した声が、夜の海の澄んだ空気を切り裂いて、凛とした空気を放つ。
「賢二のバカ!」
「バカっていう方がバカだもん」
「小学生の男子か!」
二人でどうでもいいような会話をして笑いあう。
これからも、なんとなく青い私たちは、なんとなく青春を紡いでいく。
きっと、そうなのだから。
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