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30才から始めた5年日記が、もうすぐ3年目に入る。表紙が、誕生石のサファイア色だな、と気まぐれに買ったわりに、毎日欠かさず続いている。
前日に挟んでいた、栞代わりのボールペンが挟まっているページを開ける。
〈令和3年12月28日〉
今日は、仕事納め。明日から連休でうれしい。つい夜ふかししてアイスを食べてしまった。
いつもの様に、なんでもないことを書いた。ボールペンを挟むため、明日のページをめくる。あさっての〈令和3年12月30日〉の欄がイエローの蛍光マーカーで四角く囲まれている。日付のすぐ下に『Kと13時に、展望台』と、少し震えた小さな字。
1年目に気づいたとき、たまにこのように蛍光ペンで囲って予定を記入することがあるので、酔っぱらった時に書いてしまったんだろうと、深く考えてなかった。
でも直前になるとすごく気になり出した。本当にこれは、私が書いたものなんだろうか?私の字の様には見えない。
展望台は地元には1つしかないからあそこの事だろう。しかし、このKは一体誰のことなのか。
わざわざイニシャルで書くような秘密の相手など私にはいないし。
念のため、他のページも確認したが、特に変わったことはなかった。
12月30日の13時。私はひとり展望台にいる。この寒い時期だからか貸し切り状態だ。初心者向けのハイキングコースにもなっている、小さい山の山頂に展望台はある。古びているが景色は良い。小さい港町が見渡せる。冬晴れで空気が澄んでいて、見慣れたはずの景色も、新鮮できれいに見える。
ぼーっと景色を見ていると、ブレザーの制服の上に、ベージュのダッフルコートを羽織った女子高生がこちらへむかって歩いてきた。
「あの…もしかして、青い日記の人ですか?」
「え…」
「…すいません…、私、木ノ下と言います。2年前、売り物だったあの青い日記に落書きしてしまった者です。」
ショートカットの黒髪がよく似合う、背の高い誠実そうな子だ。
当時高校1年生だった木ノ下は、その年の夏に肝臓を急に患い、闘病中だった。薬の副作用で見た目も変わり果て、終わりの見えない治療にくじけそうだった。入院していた病院の近くにあった本屋。気晴らしに、病院の許可を得て、散歩がてらその本屋に入った。ショーウィンドウに写る自分はなるべく見ないようにした。きれいに並んでいる本の、どんな言葉も入ってこない。帰ろうとしたとき、青い表紙の5年日記を見つけた。鮮やかな青色に一目惚れだった。購入するつもりで手にとり、持ち歩いていたら、ペンのコーナーに行き着いた。人生で初めていたずらしてみたいと思ってしまった。
2年経てば、この辛い治療も終わっているはずだ。2年後の今日。だれかと、約束をしてみたかった。
「すみませんでした!」
木ノ下は、勢いよく90°に頭を下げ、誠心誠意謝っている。どうやら、もう元気に回復しているようだ。
「木ノ下さん、良かったね!元気になって。」
「はい。」
健康的なはにかんだ笑顔がとても素敵だった。
〈令和3年12月30日〉
2年前の木ノ下さん、約束が果たせて良かった。
生きていると、辛いことは何度もある。どん底の暗闇にいても、どうにか光をたどって這い上がっていく。
縁取られた蛍光イエローが、電気を反射してやさしく発色していた。
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