一人ぼっちの海音

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一人ぼっちの海音

柚希海音(ゆずきかいと)から電話があったのは2週間が経った頃だった、名刺には事務所の番号だけを載せていた。 夕方電話を取った事務の女性が「加賀美さんお電話です」 そう言って電話を渡した、客からだと思っていつものように電話に出た。 「はいお電話代わりました加賀美です」 「あのー柚希海音(ゆずきかいと)です、忙しいのにすいません」 「あー柚希君 どうした?何かあったのか?」 「そうじゃなくて・・・・・」 「今何処にいる?」 「事務所の近くの駅です」 「わかったそこに居ろ、すぐ行く」 「はい」 よかったらまた逢ってくれますか?そう言ったのは彼の方なのに名刺を渡した日から電話を心待ちにしていた・・・・だが2週間たつ間にあきらめの気持ちとこれでよかったと思う気持ちもあった。 それなのに電話で声を聴いた瞬間逢いたくて、すぐに行かないと居なくなってしまいそうな不安な気持ちでいっぱいだった。 事務所を出て駅まで走る、いつもなら歩いても15分かかる距離を全力で走って5分で駅につくと周辺をキョロキョロと見まわす、多くの人が行きかう駅で彼の姿を探した・・・・・・不安で胸が張り裂けそうになる。 「加賀美さん」 そう呼ぶ声に振り返ると笑顔でたたずむ彼がいた。 思わず走り寄って彼を抱きしめた切ないほどに彼に逢いたかった・・・・・細い身体を抱きしめて彼の頭に手を置いて胸に押し付ける。 驚いただろうにそれでも何も言わずに抱きしめられていた・・・・・・慌てて身体を離すと急に照れくさくなって、どうでもいいことを聞いてしまった。 「大丈夫か?」 一体何が大丈夫なのか、自分できつく抱きしめながら自分で自分が恥ずかしくなる。 「加賀美さん・・・・・すみません心配してました?」 「アァー 電話がないから心配してた」 「仕事中に電話するのもって・・・・・ついしそびれてしまいました」 「そうだったな携帯の番号言っとけばよかったな」 「はい」 「まだ仕事が残ってるから事務所で待っててくれるか?」 「はい いいんですか?行っても?」 「それは構わないが行くのが嫌なら何処か店で待つか?」 「一人では嫌です、事務所に行きます」 「そうだな行こう」 事務所まで二人で歩きながら 「海音(かいと)って呼んでもいいか?」 「はいいいです」 「海音は大学は何学部だっけ?」 「法文学部です」 「そうか、だったら俺と一緒に弁護士になるか?」 「法科大学院へ行くんですよね、できるかなぁ~」 「頑張ればできる、俺だって出来たんだから」 「加賀美さんは頭いいから」 「海音も頭いいんだから頑張ってみろ」 そんな話をしながら事務所まで来ると急に海音が立ち止まった。 「俺・・・・・事務所に入っていいのかなぁ?」 「どうした?」 「だって・・・・・逮捕されたから」 「なに言ってんだ、あれは不起訴だっただろ関係ない」 「・・・・・でも、みんな知ってるんでしょ」 「知ってるよ、だから気にすんな」 海音の背中を押して事務所のドアを開ける。 事務所にいた人全員が一斉に海音を見つめる・・・・・・ 「おいおいみんな口が開いてるぞ」 「こんにちわ」 『わぁ~~~君名前は?」 「柚希海音です」 『海音君こっち来て顔よく見せて」 「はい」 「海音行かなくていいから、ここに座ってろ」 『先生 海音君一人占めですか?ずるい』 「なに言ってんだ、手を出すなよ」 『ひどい、海音君お茶がいい?コーヒー?』 「いいえ・・・・結構です、お仕事中にすみません」 『何言ってんの?いつでも来ていいのよ』 狭い事務所の中はソファーに座る海音(かいと)の話でもちっきりだ、女性たちは彼の可愛さに誰もが目を奪われていた。 むさくるしい事務所が彼が来たことで花が咲いたように賑やかで華やかな雰囲気になった。 そこへ先輩が奥からみんなのいる部屋へやって来た。 「おい 何騒いでんだ?おぉ~~だれ?この綺麗な男子は?」 「先輩・・・・・柚希海音君この前俺が担当した」 「あぁ~お前がやたら言ってた子?柚希君不起訴になって当然だったんだから気にすんなよ、あんな奴がいるんだよな」 「はいありがとうございました」 「加賀美、お前なんで?」 「なんでって、友達になったんです」 「友達って、お前幾つだ?話合うのか?彼は20代だろ?」 「先輩俺まだ若いんですから、ねー海音君」 「はい 加賀美さんと話すの好きなんです」 「またまた~ところで海音君は大学生?」 「はいそうです」 「よかったらうちの事務所でバイトしない?今探してんだけどどう?週に2,3回でいいから」 「エッ バイトですか?俺なにも出来ませんけど・・・・」 「大丈夫 コピー取ったりするだけだから」 「加賀美さん、どうしたらいいですか?」 「海音(かいと)がやっていいって言うならいいけど・・・・・どうなんだ?」 「やりたいです」 「よし じゃぁ決まり、いつから来れる?」 「明日からでも」 「じゃぁ明日から週3でいいかな?時間は大学が終わってから大体20時ぐらいまでになるかな?大丈夫か?」 「はい大丈夫です」 「じゃぁよろしく」 『わぁ~明日から海音君に毎日逢えるんだ、嬉しい』 いきなりな展開に俺も海音も戸惑っている間に話はとんとん拍子に決まって明日から海音は事務所でバイトすることになった。 俺としてはもちろん嬉しい・・・・・・海音の顔を毎日見れるだけでも幸せだ。 仕事が終わって海音と一緒に事務所を出る。 「海音バイトの件ほんとにいいのか?」 「はい俺やりたいです、授業が終わっても帰るだけだし、帰っても誰もいないし・・・・・」 「そうだな家で一人いるよりずっといい」 「はい 加賀美さんにも逢えるし」 「海音嬉しいこと言ってくれるね」 「ほんとです、おれ加賀美さんと一緒にいたいです」 「じゃぁバイト頑張れよ、飯行こう」 「はい」 「何がいい?海音は酒は?」 「飲めません」 「そうか、でも居酒屋もたまにはいいか」 「はいお酒じゃないものもありますよね」 「あるある、行こう」 海音と一緒に居酒屋の暖簾をくぐる、個室に入って俺はビール海音はコーラ、後はお薦めの料理をあれやこれやと注文する。 海音と一緒に二度目の食事・・・・・気持ちが弾むのがわかった、自惚れかもしれないが海音も俺といるのが嬉しそうだと思った。 これまでたった一人で過ごした時間を思うと胸が締め付けられるように苦しくなる、素直で純粋に育ったのが奇跡のようだ! 彼との接見を前に調べた家庭環境と普段の生活、調べれば調べるほど彼の事が気になった。 親とはずっと離れて暮らしているようだった、たった一人どうやって過ごしているのか? 親は無くとも子は育つとは言え産んだまま育てない親なんて、憎んで当然なのにそんなことなど露ほども思っていない海音・・・・・・愛しくて守ってやりたくなって当然だと思った。 食事を終えて海音の家まで送って行く、周囲を圧倒するほど大きな屋敷だった。 こんな大きな家に一人だと思うとどうして一人でいられるのかと不思議にさえ思えてくる。 「海音(かいと)以外には誰もいないのか?」 「はい、いませんおばさんも夕方には帰るので・・・・」 「そうか、中学のころからずっと?」 「いいえ、高校1年までは祖母が一緒にいました、もう亡くなったので・・・・・」 「そうか・・・・その後はずっと一人なんだ。子供のころは?」 「小学校に入るまでは母と一緒だったんですけど母が海外へ移動になってからは祖母と一緒に住んでました」 「なるほど・・・・・小学校から親とは別々でおばあちゃんとこの家にいたんだ」 「はい」 「そうだ、たまには俺んとこ来るか?ここに比べれば狭いマンションだけど」 「ほんとですか?行きたいです、今夜でもいいですか?」 「あぁ~いいけど、行くか?」 「はい」 「じゃぁ着替えと明日の学校の準備して来いよ、ここで待ってるから」 「はい・・・・・・でも・・・・・いいんですか?誰かいるんじゃ?」 「いねぇーよ、俺一人」 「はい」 嬉しそうに俺の後ろを小走りに着いてくる、こんな広い家に一人で置いておきたくなかった。 慣れたとはいえ寂しくないわけがない、ずっと寂しさを耐えてきたのかと思うと自分の事のように息苦しくなった。 自分ならこんな家に一人でいるなんて耐えられない、気が狂いそうな気がした。 せめて今夜だけでも一緒にいてやりたかった、今夜一緒に居ても明日はまたこの家で一人になるのがわかっていても、一緒に行くかと言わずにはいられなかった。 自己満足だと言われればそうかも知れない・・・・・でも・・・・・・・海音(かいと)を一人することに自分が耐えられなかった。
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